春分(3月21日をピークに前後15日)
春は調子悪いってライヴで云ったら、こんなお便りが来ました。
『春と秋といふのは交感神経と副交感神経の役割が入れ替る時期で、寒暖の差が極端すぎるとそれが上手く行かず、精神的に不安定になったりするらしい』へぇ〜。
交感神経と副交感神経といふのが何者かはさて置き、たしかにねぇ。春になるとヘンな人が現れるってのは、さういうコトか。ワシも春は妙にロウ(Low=低い。気分的にすぐれない事を云ふ。類義語=ネガティヴ)になりがち。さういや『僕を探して』や『高地と低地は故郷であるといふ』なんて暗黒面の極みみたいな曲を作ったのも春でしたな。
あのロウを打破しやうと思ってアクターズスクールの講師なんてガラでもない事を引き受けたのさ。
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7年前、日本を震撼させた地下鉄サリン無差別テロ事件の翌日、春分の日に、友人を100人くらい集めて、会費制のささやかな結婚式をしました。
式の準備に追われながら「なんか大変な事になっとるな」と思ったのを憶えてますよ。あの年は、その少し前に阪神大震災もあって、なんか色々大変な年でしたね。
まぁワシら結婚する1ヶ月前からもう一緒に暮らしてたし、結婚式なんて全然興味なかったから(別にする気もなかったし)、そんな事件でもなけりゃ結婚した年なんて憶えてないでせうな。
ワシらね、その当時お互い一人暮らしでね。カネもヒマも全然なくて、とても珠非芽電や併餡殻やプリズンホテルやニューオータラなんかで式なんか挙げれる訳がない。まぁ出来てもやんないけどね。で、両親に挨拶に行って、新居決めて、身辺整理して、なんてのも全部自分らでやってね。で、面倒臭いから式なんかするより先にもう引っ越しちまったんですよ。
最後の荷物をワシのスバルに積み終わったのが夜中過ぎ。6年間住んだ部屋に一礼して、アパートの鍵閉めて、「長渕の唄みたいやな」とか思いながら彼女(今の女房ね)を拾って深夜の道を走った訳ですよ。さすがにその数日間で女房もワシもくたびれててね。
深夜営業のファミレスに入って、とりあへずお疲れ様ってんでビール呑んで(コラコラ飲酒運転ぢゃねーか)、遅い晩飯喰いましたね。午前1:00を過ぎた店には他の客がいなくてね、がら〜んとした駐車場に荷物を満載したワシのスバルが停まってンの。やけに鮮明に憶えてるんですよ。
実際、式を挙げたのはその1ヶ月後だし、入籍したのはさらに1ヶ月くらい経ってから(これは単にワシが忘れてただけね)、といふ手順をまるで無視した結婚でしたが、ワシとっては、あの深夜のファミレスでの食事の方が、はるかに重要な意味を持った「式」でしたよ。
ワシはね、結婚ってのは「帰る場所」を一旦捨てる事だと思うんですね。で、女房といふ、全く血の繋がらない他人と一緒に「新しい居場所」を作って行く事だと思うんです。何があっても、もうそこしか帰る所はないんですね。例えばワシ(あるいは女房)が、何かの事故に巻き込まれて、病院に担ぎ込まれて、ベッドから起きあがれないやうな状態の時、シモの世話から何から何までしてやらんといかんのはワシ(あるいは女房)なんですね。家族になる、といふのはさういうことなんです。本来、結婚といふのは、さういった「よござんすか?よござんすね?」みたいな、真剣勝負の確認事項なんですよ。結婚式場のPRなんかでやってる、浮ついた気分のモノぢゃないんです。
そりゃ世の中には恵まれとる人も多いやうで、何から何まで親が段取りしてくれて、おまけに『家』まで買ってくれるなんてのもあるらしいけど、いいですね。そりゃあさぞ幸せになれるでしょうねぇ。幸多きキミたちに長渕剛の「乾杯」でも贈りませうか。
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山下達郎のコンサートに行って来ました。
楽しいコンサートでした。上手い。曲も良い。ショウとしても完璧。でも、退屈でした。面白くない事はないけど今一つ入り込めなかった。なんででせう?。
スリリングぢゃないんですよ。
すごく良く出来てる。全くスキのない唄と演奏。余裕タップリの進行。こんな曲が一つでも作れたら・・・と思わせる楽曲の完成度。でも、そこに緊張感が無いんです。まとまりすぎてゐる。
クラシックのコンサートに行った時のやうな違和感を感じてしまいました。それが「良いもの」である事は間違いないけれど、ワシには合わんやうです。残念ですが。
3月14日
長渕の唄:::1981年発表の「長渕剛LIVE!」収録の『二人歩紀』。ぢつはシュウ先生、長渕が結構好きだったりする。当時人気絶頂の長渕が石野真子との結婚について触れた曲。隠れた名曲である。冒頭で引っ越しの情景が唄われる。1年後にシングルとして発表されるが、ライヴ版のギター弾き語りバージョンの方が良い。美しい曲で、いまだに大好きなのだが、5年くらいで離婚しやがったんだよな、たしか。
花粉症、風邪と来て、椎間板ヘルニアまで併発してしまいましたよ。最悪やな、ほんま。
腰はねぇ、昔空手やってた時代に相当傷めてるんですよ。で、日頃から気を付けながらストレッチや筋トレしたりしてるんですが、やはりこの時期、「交感神経&副交感神経」ですかねぇ?。食欲も全然ないし。あぁ、できればこの時期はなんにもしない方がいいですな。インドの南の方かなんか行って一日中寝転んで過ごしたいもんです。
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こないだ車のラヂオを聴いてたら、久しぶりに岩崎宏美の唄が聞こえて来ました。「聖母達のララバイ」でしたっけ。公開放送らしくナマで唄ってたやうですが、いやぁ聞き惚れましたね。うまい!。これぞ唄!ってかんぢですよ。歌唱力ってのはかういうのを云うんでせうねぇ。「熱唱!」ってかんぢではなく、あくまでさらりと、自然に、でも切々と・・・。
未ー社や小屋名偽湯奇、まぁ絶対に聴きたくないけど羽間裂き亜油味が仮にあの唄を唄って、どれだけサマになるかって所ですよねぇ。
余談ですが女優の方の岩崎ひろみがワシは結構好きでして、彼女がコントかなんかでこの唄を唄うシーンがありましてね。結構上手いんですよ、これが。たしかこの唄って音域が1.3オクターブくらいあるんですよ(*)。
ファルセット(裏声)を使わないって事なら、まぁ普通のヒトなら男女共に1オクターブ普通に出れば良い方でせうね。訓練で少しは拡がりますが、やはり声域の広さはある程度生まれついての物があるやうです。1.3オクターブあればかなり広い方だと思いますよ。男性の方が下に行けるだけ拡大性はあるやうです。
アクターズで教えてるでしょ。
あすこはね、生徒の年齢層が低くてね。高校生より年上の生徒ってほとんど居ないんですわ。で、ワシはそこの男の子らを教えてる訳ですな。そーするとね、必ずブチ当たるんですよ『変声期』といふ問題に。
まぁ誰もが知ってる事ですけど、男性は個人差はあるけど大体13〜15歳で変声期を迎えます。もっと云えば、そこから20歳前後まで声は変わり続けるんですね。声帯が完全に安定するのは25過ぎてからだと思います。そのはぢまりが「変声期」なんですな。ワシは結構早い方で小学校卒業前には第一陣が来てましたね。それまで出てたソプラノが突然(ホンマに突然なんですね)出なくなるんですよ。それでも後でその頃のテープかなんか聴くと、まだガキの声なんすけどね。
でもね、これ、本人には結構なショックなんですよ。特にその頃既に「唄を唄う」っていふ楽しみを知ってるコにはね。
ワシも怖かったな。「もうこのまま唄えんのかな?」なんて思いましたね。
でも大丈夫!。変声期で失う美しいボーイソプラノの代わりに、太く逞しい男の声が与えられるンですよ。そこで初めて「個性」が生まれるんです。男に生まれた以上は避けて通れない宿命「変声期」。あまり気にせずに強く乗り越えてほしいと思いますね。
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医学的に変声期を回避する方法はあるらしいですよ。簡単な話、睾丸を取っちゃうんですね。人間てのは元々は全て雌性で、睾丸から分泌される男性ホルモンが雄性を作るらしいんですよ。だから第二次性徴期前、男性ホルモンが分泌される前にそれを除去してしまえば、雄性は一生現れない、といふ訳です。声変わりもしない、ヒゲも伸びない、筋肉もあまり付かない。
やってみる?。
3月22日
(*):オクターブ:1オクターブは長音階で8つの音(ドから次のドまで)の開きを云う。基本になる音を中音のド(Cー3といふ)とした場合、次のドの音が出るのはかなり高い方。大体がCー3より低い方に拡がる場合が多く、それを基準にその人の持ってゐる声域をオクターブで表わす(例えばワシはCー3より6つ低いミの音からCー3の次のドまで出る。従ってワシの声域は1.6オクターブといふことになる)。間来亜脚里−が「8オクターブヴォイス」とか云われてるけど、いくらなんでもそんなにはないでしょ。そりゃハッキリ云って人間ぢゃありませんな。ギターだって4オクターブしかないんだぜ。