9月


旅を終えて

1日(月)-------------------------------------------------------------------

帰広。18切符を使って5時間の旅。このくらいの所要時間など、「早い」とすら思ふやうになった。

日数的にも9日間、てのは、ワシらに取っては長い旅の部類に入る。それ以上に、内容の充実さからも、今回は特に長い旅に感じた。体調がやや下り、旅の間に持ち直した。ケツにおできが出来、旅の間に治った(笑)。まだまだ長い旅をしたいな、と思ふ。

高田エージさんは云ふ。「旅を3週間続けたら、だいたい全ての事が起きる。それから次のサイクルが始まるんだよ」

その境地に、行かねばならぬ。

2日(火)-------------------------------------------------------------------

早速日常!。専門学校へ。「(ツアーは)何処ら辺、廻ってたんスか?」と問う生徒に、大体の旅の行程を伝えると、「食べもんが美味さうなトコが多くて良いスね」と。うむ、今回はたしかによぅ喰った。けふからまた節制せねば。

その後、フライヤを作り、PRを打ち、CDを増刷し、お世話になった個所と人に、挨拶メールを送る。その後、レッスン。1ヶ月休んでた間に、レッスン会場が変わった。新しいレッスン室は、なかなか快適である。

その後、突貫的だがしーシュのリハを。旅を終えても休む間もなく、次の動きが始まる。居酒屋椎修もあるし、今週末は早速週末遠征だ。我ら生き急ぐ中年デュオ!。さとっつぁんの言葉ぢゃないけど、本当に「ボヤボヤしてたらすぐ死んでまう」のだ。

3日(水)-------------------------------------------------------------------

ボロい中古車が壱台買えるくらいの金額を払ったのに、まだ調子の悪い「にっち」を修理工場へ。なんぢゃら、といふ部品が悪いらしく、工賃含めさらに¥30,000上乗せ。ア"〜〜〜〜!。ぽんこつ車の典型だな〜。ひとつ治せば他の悪い所が出てくる・・・、ア"〜〜〜。

挫けずに業務色々。そしてレッスン。ひとつ大ポカをやらかしやがって、ワシや周囲の信用を一気に失ったやつが、殊勝にも来てゐる。こっから信用を回復するまでにァだいぶかかるだらうが、まぁ仕方ないやね。でも・・・本当は全然コタえて無いんだらうな。

4日(木)-------------------------------------------------------------------

シグネィチャー・モデルのベースをオーダーするつもりで貯めてゐた金が、結局車の修繕費にまわってしまひ、なにかムナしい。まぁさういふ星の下に生まれたのだらうな、とつくづく思ふのである。

昔から、なにか計画して溜めてゐたもの(金に限らず)が成就した事がなく、人生中盤に差し掛かり、もぅ半ばさういふ事は諦めてゐた。で、フと気付いたらソロのCDの売り上げが結構貯まって(そのテの金は生活費とは別にいちをうプールしておく性分)ゐたので、『この際・・』と思ってゐた矢先に、これだ。

それほど稼いでゐる訳でもないのに、湯水のやうに金を使ふタイプの人がゐるが、あれもある種の「才能」だと思ふ。ワシにはさういふ才能がない、のだ。

5日(金)-------------------------------------------------------------------

よぅやくなんか晴れ間が覗いた、と思ったらすっかり秋の空だって驚く。

8月は飛んでしまったので、2ヶ月ぶりの居酒屋椎修。その前にスタヂヲに入り、明日からの週末遠征用のレパートリィなどもリハす。その練習も兼ねて、けふのステージで演らうかね、と。

けふのライヴテーマは「スピリッツ」。えらい難しいお題だった。結局、酒のスピリッツ、か、「魂」のスピリット(ツ)にかけて選曲する他はなく、あれやこれや悩んだ末にラインナップを決めた。したら、お題の提案者はけふは来なんだ、と(笑)。でもまぁ割と良い選曲で出来たのではないかな。あまり多くはないだらう、と踏んでゐたお客さんも、そこそこ満員で、中には浴衣姿の女性も居られ、華やいだ雰囲気がたいへんよろしぅありました。

コンスタントにマンスリーの自主企画を打ってゐるバンドやミュージシャンは結構ゐて、みなそれぞれよく頑張って継続させてゐる。さういふ月イチの自主企画を継続させてゐるユニットのうちでは、ウチは結構たいへんなタイプのライヴ打ってるな、と思ふ。出演者が飲み喰ひするのを楽しむ企画は多いが、ウチは自分らが「給仕する」ライヴな訳ですからねぇ・・。

あ、シルクロードを共に旅した、クボっちこと久保直樹が久々に広島に帰り(沖縄在住)、遊びに来てくれてゐた。「砂に泣き」にチカラが入る。


2週目

6日(土)週末遠征:県北編「安芸高田市ヤング・イン」-------------------------------------------------------------------

今年もやって来ました安芸高田遠征。去年は6月だったので壱年と少し、ぶりか・・・。

はじめはFar east loungeとしての来訪だったが、いつの間にかしーシュの恒例訪問となった。吉田町文化創造センター「ヤング・イン」。公民館然とした建物にデかい煙突がブチ刺さってゐる外観は変わらぬまま、しかし確実に経年を感じさせる佇まい。だが、内部は相変わらず清掃も行き届き、丁寧に使われてゐる事を伺わせる。毎年、確実にここでライヴを演らせて頂いてゐる誠意に応えるべく、良きライヴを!。

去年、ここでのMCがスベりまくり、スタッフにもはっきり「MCがつまらんかった」と云はれ激しく落ち込んだワシ。しばらくMC恐怖症にまでなったが、けふは「無駄な事は喋らぬ」といふ技ですり抜けやうと思った(笑)。まぁ、てゆーか、昨今の他の人のライヴ見て、MCの長いのに辟易すること数回。あれを自分でやらぬやうに、と云ふのもあって・・・。

その目標通り、ホンマにほとんど喋らず、前半8曲、後半10曲を、それぞれ45〜50分で完遂。客入りは6〜7割。大人しいお客さんで、去年はこれに呑まれてどんどんMCがスベったのだ。けふはそこもお構いなしにタッタカ続けた。唄も演奏も良い調子。途中、ループ操作の瞬間に足がツって、ヨレたリズムをサンプリングしてしまったのが、悔しい。

久しぶりにグランドピヤノを弾くしーなさんは、喜びに打ち震えるやうに弾きまくってゐた。ここん処ツアーが多く、あまり満足の行く鍵盤で演奏する機会も少なかったので・・・。なんでもここのピヤノとは相性が良いらしく、『名前をつけたい』くらい気に入ってるンだとか・・・。よぅござんしたね。

ここの打ち上げは、いつもお客さんも交えた大人数で、の事が多いが、けふはスタッフのみで鉄板焼。

より真摯な意見、しーシュの欠点、今後の展開、将来性など、色々語り合い、楽しいだけでなく、実りも多い打ち上げであった。マスターが去年一度来ただけのワシらを憶えてくれており、「短パンツアー」の名前も使ってゐたのに驚く。

7日(日)週末遠征:県北編「ろぐはうす」-------------------------------------------------------------------

去年から、吉田町ヤングインの翌日はここ、といふかんぢに2デイズが成立した「ろぐはうす」にて県北ツアー二日目。

この「ろぐはうす」。正式な名称もなく、住所も曖昧で、そもそもその所在が公開されてゐる訳ではない、でも、近隣の人が「あそこ」と云へばたいてい分かる、と云ふなかなかトライバルな場所-----云はば『聖地』なのだ。さういふ場所での2回目のライヴ。会場は、早くから地元有志の皆さんが集まり、舞台の設営などに奔走して下さってゐた模様。

昨日夕方の雨で地区の行事がけふに順延となった為、当初の来場予定者より大幅に減った、との事だったが、それでも定刻には満席となり、ワシらもけふはビール呑んでリラックスしながら、いざ本番。昨日とカブったお客さんも数名居られ、さういふ時にはしーシュやりますラインナップ総入れ替え。昨日とは違うラインナップで構成。けふはMCもそこそこにウケた。

バラードの最中、ちょうど空白になる処で、ナニカが「カラカラコロン」と音を立てて転がり、それがワシの笑いのツボにハマってしまひ、アンコールの壱曲目がぐしゃぐしゃになっちまったぃ。これで終わってはマズい、と急遽ラスト激しいのを入れ、なんとか立て直す。まぁ、あぁ云ふことに心を揺らしてゐてはダメだなぁ。逆に、一旦ちゃんと笑っておいて、最初から仕切り直す、ぐらいの事をやっても良かったのだ。未熟なワシ!。

この「ろぐはうす」でのライヴは、終演後、ライヴ会場をそのまま宴会場に模様替えし、お客さんと一緒に酒をのみ、カラオケを楽しむ、てゆーのが付属。聞けばみんなそのやうにして此所を使ってるらしく、去年ワシらもそれに混ぜてもらった形で、たいへん楽しかった。けふは始めからそのつもりだったので、お客さんとデュエットしたりして、さらに楽しんだ。

ワシらは宿泊先の門限の都合で途中おいとましたが、多分あの後あそこは大カラオケパーティーと化すのだらうな、と思ふと、さういふ営みに心ナゴむ。県北・・・安芸吉田町と高宮町。此所に暮らす善き人達と関わりあえて、ホンマに感謝、なのである。

8日(月)-------------------------------------------------------------------

帰る。昨日一昨日と関わったこの一帯を、改めて確認するやうにぐるっと車を走らせる。天気も良く、抜けるやうな秋空の下、拡がる田園風景の美しさ。こんな広く美しい風景の中で、それぞれ「昼間の仕事」と「趣味の顔」と「神楽団としての役」を持って、日々暮らす人々の営みに、心から感謝と拍手を。ありがとう。また来ます!。

実際、車で走れば広島市内と吉田町高宮町、壱時間と少ししかかからず、昼前には自宅へ。グズる愛車「にっち」を再修理のために修理工場へ持って行き、買い物し、しーシュの雑務をあれこれこなす。

さ、今週来週と、ちょいと忙しいぞ。

9日(火)-------------------------------------------------------------------

専門学校、前期最後の授業、て事で。コイツらもなんやかんやあと半年で「卒業」して行くのだな。来年もこの仕事あるんやろか?。

帰宅。最近、昼飯には「ジャガイモを蒸かしたやつ」とか「キゥリに味噌つけたの」とか「ニンジンにマヨ塗ったもの」とか、さういふ物で済ませる事が多い。そんなんで充分なのだ。それらを齧りながら仕事の譜面を書き、しーシュの広報を少し。

夕方からレッスンに出かけ、帰りの足でしーなさんを拾いFMへ。弐本ぶんの収録をして、河岸を変えて企画会議。ワシは今週末「乱葛」の一員として九州行脚。しーなさんはミュージカルの本番で缶詰め。それが明けるとすぐしーシュ初の東北ツアー。帰って来次第、角辻順子&しーシュのライヴ。んでお馴染み関目への祝日遠征、と結構ハードな週となる。

10日(水)-------------------------------------------------------------------

バンドを組んでないベーシスト、てゆーかベース志願者に、「音楽の楽しさ」を伝えるのは容易ではない。楽器を演奏する事にこれほど熱意を伴わぬ楽器も、まぁ珍しからう。ワシも、単体の楽器として『ベース演奏は楽しいよ』と人にはよぅ云へぬ。そは他人と一緒に音を出して、初めて楽しいと思へる楽器だし、しかも楽しい、と思へるやうになるまでには、結構な習練が必要だ。

さういふ、いわゆる「通」的な楽しさを理解できぬ人は、ベースは向かない。

しーシュの音楽も似たやうな所があり、この音楽を「楽しい」と思へるには、やはりある種の「通」的な感覚が必要になって来る。それを鑑みれば、しーシュのファンに楽器経験者が圧倒的に多いのも頷けるだらう。そこがしーシュの唯一の欠点であり、最大の魅力なんだなぁ・・・。

・・・と、こないだ敬愛する先輩に云はれた。たいへん的を付いてゐる。

11日(木)-------------------------------------------------------------------

ワシはこの日誌の他にもついったーなるものをやってゐて、PC環境が整っておれば日に壱度、気が向けば弐度以上『つぶやく』。以前は携帯電話からも呟けるやうにしてたが、なんかの加減でやり方を変えてしまひ、それ以来PCからでないとつぃーと出来なくなった。まぁそれはそれで良い。

フォロワーの数はそれほどでもないのだが、ぢつに意外な人がフォローしてくれてゐたりする。もぅしばらく逢ってない友人であったり、友人の知人、もと生徒のファン、といふ人からもフォローされてゐるやうだ。ありがたいことで。

ワシとしてはつぃったーは「俳句」のやうなもの、と捉えてゐて、日常をスポっと切り出した小文のつもりで書いてゐる。だからできるだけオチを付けてゐるつもりだし、よくゐるやうに仲の良いもの同士でコミュニケーション的に使ったりは、ほとんどしない。ので、さういふ人のつぃーとはフォローされてもフォローしないやうにしてるので、そこは堪忍な。

12日(金)-------------------------------------------------------------------

久しぶりにWADAバンドのリハに出席。他メンバーとの都合が合わず、8月中は結局一度も参加できなんだ。クビにはなってなかったやうで・・・。

ほぼ1ヶ月ぶりにバンドの中でギターを弾くのは、やはり楽しい。難しい面もあるが、日頃はひとりでバックサウンドを作らねばならぬ処を、「アンサンブルの一員」としてギターを鳴らすのは、楽と云へば楽でオモロいのだ。ライヴまでの間、週イチでのリハが決まり、これでしばらくは日中の暮らしに張りが出る(このバンドは朝リハなので)

その後、独りで別のスタヂヲに入り、今度は「吟」の練習。こちらはギターで全部演る訳で、ソロにバックにループに唄に、と忙しい。日頃からギターにせよベースにせよ、好んで忙しい事を演ってゐるのだね、と。

思へば、初めてギターを弾いた時から、たった独りでステージに立つ自分を夢想してゐたやうな気がする。その激務と激しい緊張は予測しながらも、やはりそれによって得られる『独りだけの感動』を強く求めてゐたのだらう。15歳で初めて独りのライヴを成し遂げた時に、ワシの人生は決まったのだと思ふ。だから、のちにベースでソロのライヴを演る事になった時も、怯む事なくそれに向き合えたのは、必然だった。

宿命、なのだらう。


2週目(今週はかなり強い主観の入った日誌になっております)

13日(土)乱葛:九州遠征「小倉cafe Causa」-------------------------------------------------------------------

これまで広島でのみ演ってきた、即興パフォーマンストリオ「乱葛」初めての県外遠征。それぞれに馴染みの深い北九州、て事になったのは必然な気がする。独立した即興集団らしく、それぞれの方法でそれぞれ海を渡る。オサムくんは新幹線で、茜ちゃんは飛行機で、ワシは在来線で(笑)。

北九州、即興、と来ればこの人。ヴィヲロンの谷本仰がけふ明日とゲストで参加。此所壱年ほど御無沙汰してゐたが、久しぶりの共演が楽しみ。

小倉駅につき、ちょいと歩いたらすぐ会場が見つかる。そのままなんとなくセッティングし、サウンドチェックなどしてゐる間に、ぼちぼちと人が集まり始め、ダブルヘッダーをこなして来る、といふ谷本さんの到着を待たずして、なんとなく開場となり、そのまま開演。内容的にはいつも通り完全な即興だったが、いつものトライアングルに谷本さんのヴィヲロンが入る事で均衡が破れ、パフォーマンスの二人が少々演り辛さうではあった。

その証拠に、いつもはない「台詞(これも即興)」が飛び出し、そのままえらくコミカルに纏まってしまった。まぁそれはそれで悪くはないし、それも含めて即興なのだから・・・。でもちょいと「音楽」が突出しすぎた感は否めない。

けふはそのまま谷本さんの教会(谷本さんは現役のキリスト教牧師)に泊めて頂く。以前、ワシが独りでお邪魔した時と同様、教会の床に車座になって酒をのみ、会話が弾む。茜ちゃん、オサムくん、ワシはその場で雑魚寝、だったが、オサムくんの無呼吸イビキが激しい(苦笑)。

14日(日)乱葛:九州遠征「八幡Delsol」-------------------------------------------------------------------

乱葛in北九州二日目。

けふは日曜。日曜の教会、と云へば礼拝である。早くから準備をすすめる谷本さんを、少しだけお手伝いし、日中は別行動の3人。オサムくんは谷本さんの郊外活動に同行、茜ちゃんは『ナニかしてます』と(笑)。ワシはこっちの友達Tちゃんと逢い、スーパー銭湯とかに連れてってもらひ、夕方まで色々連れ歩いてもらった。

けふの会場はしーシュやワシのソロでもお馴染み、八幡はデルソル。遠距離バンド「Swing river」から誘いが来なくなってから、久しぶりの来訪。此所でのワシらのライヴを、いつも楽しみにしてくれてゐたお祖母さん(ママさんの母上)が亡くなられて以来、初のデルソルだ。不義理を詫びるワシにママさんは、『(母は)けふも絶対聴きに来てると思ひますよ』と。

けふは広い会場とステージを存分に使ったパフォーマンス。けふは何故かそんな気になり、乱葛では初めて『唄』を唄ってみた。「此岸之朱」と「エトゥ・オロプ」をバラバラに分解しては組み立て、コラージュのやうにして唄った。好評。ソロ活動のけっこう早い時期から来てるので、北九州にはありがたくもワシのソロを聴きたがってくれてゐる人が多い。けふ唄った事でさらにそれが露見し、またソロで来てくれ、と何人もの人に云はれた。ありがたいです。また、いつか・・・。

けふもパフォーマンスは昨日とおなじやうなかんぢになってしまひ、そはやはりちょいと音楽が「強く」なり過ぎたな、と。案外、けふのワシの立場ならばベースは弾かなくても良かったかも知れん、と反省。

下関からタマヲの嫁さんクミちゃんが来てくれてゐた。ワシはけふも谷本さんの教会に泊まる予定だったが、明日わりと早い時間に帰らねばならぬ、のと、けふのうちに下関まで行っておる方が、どー考へても楽な気がして、クミちゃんと共に退席。下関のタマヲ宅にお世話になる事にす。

しかしまー乱葛界隈の人脈から見るとワシは、しーシュが夫婦ユニットではなく、嫁さんは別にゐる、といふ事が発覚し、しかし北九州では現地の女性と過ごし、夜は夜でまた違う女性と退席す・・・といふ、えらいことチャラい男、と見なされてゐるのであらうな(苦笑)。

15日(月)-------------------------------------------------------------------

タマヲのギター部屋で目覚める。タマヲは既に出勤しており、クミちゃんと朝飯。間男である。

疲労が色濃く残っており、ヌ〜、といふかんぢだが、まづは広島まで帰らねば。下関駅から在来線で広島へ。夕方前に我が家に着。わりとすぐに着替え持ってチャリで出勤。スタヂヲに入り、声だし1時間。飯喰ったのちにオリエンタルホテルにて「吟」。孤独な営業「吟」。

けふはシタールの佐久間泰三くん(久々!)が見に来てくれてゐた。2ステージほど見て、『独りで演る、ってやっぱ凄いっスねぇ』としみぢみ云ふて帰ってった。

毎月見に来てくれるHさんご夫妻の為にも出来るだけ日々レパートリィを増やし、変えて臨みたいとは思ふのだが、ままならぬ日々が続く。「吟」のリハにもッとしっかり時間がとれれば良いのだが・・・。

さすがにくたびれた壱日だったが、クミちゃんが「ロイヤルゼリー」なるものの錠剤をくれたお陰で、乗り切れた。そろそろワシの人生にも、かういふ「サプリ」が要るのかねぇ?・・。ウコンとか、プロポリスとか、セサミンとか・・・?。

16日(火)しーシュ東北遠征-------------------------------------------------------------------

しーシュ初めての東北遠征。

これにつひて語ると長くなるが、けふの処は書いておきたいので、長文になりますが。

3年前の3月、あの東日本大震災が起こった時、未曾有の自然災害を受け、日本は実際の地震以上に、大きく『揺らいだ』。原子力発電所の事故、といふ微妙な問題を孕んだが故に、その是非を問ふ論議も喧しく、この甚大な被害を前にして、音楽はまったくもって無力だった。

多くのミュージシャンが大なり小なり、そのあり方を問はれた。あるものは自粛し、活動そのものを休止し、あるものは積極的に関わり、またそれぞれにはそれぞれの枝葉の活動が附随した。建前と本音、エゴとモラルが、ミュージシャンを駆り立て、攻め立てた。

その中でワシは(しーシュは)、この問題に対し、来るべき時が来るのをぢっと待ち続けた。チャリティに関わる事を避け、発言も控えた。そして、いつの日かキチンと東北に関れる機会が来る事を待ち続けた。

それは北海道でやって来た。

今年4月に札幌を訪れたワシらは、北海道から東北への支援活動を続けてゐる、佐藤さつきさん、といふ方に出会った。風評被害に悩み、人口流出が止まらない、と云ふ宮城県は女川町の話を聴いた。酔っ払ってもゐたワシは、広島が原子爆弾を落とされた地獄の絶望から立ち上がり、今に至ってゐる経緯などを、まぁデカく語った訳だ。確か『風評なんぞに負けてはイケナイ』みたいな事も云った。その話はそのまま女川町で復興活動を進めてゐる人達の耳に入り、さういふ人達の唄を是非女川に呼びたい、といふ流れとなった。

ワシらはよぅやく「キチンと」東北に関れる機会を頂いたのだ。

そして飛行機に乗り、未踏の地へとやって来た。出来るだけまっさらな気持ちで、曇りなきマナコで、見れるだけのもの、聞けるだけの声、感じれるだけのナニカ、を感じやうと思った。仙台空港には先述のさつきさん、と女川で復興支援団体リアル・アイを運営してゐる高橋圭介さんが待ってくれてゐた。啓介さんの案内で、「あの」現場を連れ歩いてもらふ。TVや投稿動画で何度も見た「あの」現場たち。あの時までは1000世帯以上の町並だった、といふ、ただ雑草の生い茂る延々の荒れ地。倒れたままのビル。トラックや重機が走るたびに舞い上がる土ぼこりが、太陽の光も遮る。「この松林に子供達の遺体が全部引っかかってゐたんです」。

被災者の声も聞く。避難所の弐階に上がった人は助かったが、壱階にゐた人は助からなかった。実際にそこに立ってみて、誰が此所まで津波が来ると思へやうか!。誰もがこの高台に来て『ここまで来れば大丈夫だ』と思った事だらう。自分の友人が津波に浚われて行くのを見た人。救えない自分の無力感。行政が行なう「支援」のお粗末さ。それがどれほど酷い状況か。食料を分けてもらへず、打ち上げられた秋刀魚を拾って飢えをしのいだ人達。

そして今、「ここら辺で獲れる魚は危険だ」と云はれる。チャリティに来て、自分が持ち込んだものしか喰わず、部屋から出て来ないミュージシャンもゐるといふ。公演に来て「はやくこの街から出て行きませう」と平気で語る著名人もゐるといふ(当然、現地の物は口にしない)。不買運動を起こし、声高に立ち退きを勧め、それを「善意である」と云ひ、「当然の事を云ってゐる」と云ふ。

エゴ。

ワシは、正直其処はよぅ分からん。本当はどうなのか?、住んでる人と、出て行った人、余所から語る人、それぞれに意見があり、考へがあり、エゴがある。分からん。が、ワシはけふ此所で獲れたホヤを喰ひ、秋刀魚を喰ひ、サバを喰ひ、くじらを、刺身を、肉を、昆布を、此所で喰ってる人達と同じやうに喰った。

滅茶苦茶に美味かった。

17日(水)しーシュ東北遠征「女川町cafe&bar OWL」-------------------------------------------------------------------

そしてけふはライヴだ。

町中にワシらのポスターが貼られ、行く店行く店で『あ、この人達ぁ・・』と云はれる。『今日は見に行けンけどンも頑張ってナ』と誰もが云ってくれる。さう、まだライヴを見に来る余裕などない人の方が多いのだ。3年半も経ってゐても・・・。

ステージは野外に組まれ、サウンドチェックの音は町中に流れる。工事現場のおっちゃん、近所の人達が『何事か』と続々と顔を覗かせる。なんか今回はそれだけでも充分なやうな気がして来た。開演前のステージで、なんか壱曲、とリクエストされ、ギターで唄う。これで充分な気がする(笑)。素晴らしく気持ちの良い時間。

ライヴには設置した椅子と同じ数だけの人が集まってくれた。ホンマに老若男女。バンド経験のある若者から、演歌の好きなおっちゃんまで・・・。まぁ正直、しーシュの唄がこの人達にどう伝わったのかは分からん。こ難しい唄だ、と思った方も多かろう。意味が分かンネ、と思った人も多かろう。でも、まぁ、いい。ワシらの唄を聴いてもらへた。

打ち上げではギターを抱え、残った人達が思ひ付くままに唄い、リクエストし、また唄い、語らいはほとんどなく、づっと唄があった。素晴らしい夜だった。

3年半前、ワシらはさまざまな葛藤の中で、怯みながらも活動を続けた。そしてこれからも、同じやうに怯みながらも、唄い演り続けて行くのだらう。その勇気を、女川の人達に与えてもらった。そんな気がしてゐる。

ありがとう。

18日(木)しーシュ東北遠征-------------------------------------------------------------------

けふは高橋圭介&一枝夫妻に時間をとってもらひ、まだ案内し切れてない被災地の状況を見せて頂いた。

これをしなければ此所に来る意味はない、と思った。それが「ちゃんと東北に関わる」事だと思った。仮説住宅から元気で学校に通う子供ら。被害に遭った同じ場所で商売を始め、また軌道に乗ってゐる人もゐる一方、震災前には壱万人と少しあったこの街の人口は、七千と少しに減り、その減少に歯止めはかからない、といふ。これから先、この街がどーなって行くか、誰にも予測できない。

頑張って下さい、と云ふ事は簡単だ。だが、何を?。

半日かけていろいろ見せて頂いた。圭介さん一枝さんとハグを交わす。本当にありがとう。また必ず、ここで唄いたい。それ以外の言葉は出て来ない。

19日(金)-------------------------------------------------------------------

仙台空港から広島へ向かふ便は壱日に壱本のみ。これを逃すとまた壱日滞在する事になるので、早い時間から行動開始。地元民の出勤ラッシュに紛れてバスに乗り、女川→石巻→仙台→仙台空港へ。

ヒコーキにかかれば、まぁ日本など狭いモンで、夕刻前には我が家へ帰宅。どれほど有意義な旅だったか、を女房に語り、本日お江戸からやってきた角辻順子ちゃんをウェルカムパーティーに誘うべくまた出かける。さっきまで東北にゐた。

順子ちゃんをお好み焼きに連れて行き、明日のライヴ会場フライングキッズまで連れて行く。えー気分で酔っ払い、歩いて帰った。多分、すげぇ酔ってゐる。


3週目

20日(土)-------------------------------------------------------------------

けっこーな二日酔いだ。そんなに量を飲んだハズでは・・・。やはり打ち続く旅の疲れは隠せぬなぁ。

昨日、前打ち上げをした角辻順子ちゃんの、けふは本命。10年ぶりの広島でのライヴだ。会場で昨日ぶりに顔を合わせた順子ちゃん。なんと声がガラガラ。昨日楽しすぎて喋り過ぎた、とのことだが、あらら・・・、本番前日にあんなに付き合わせちまったのは悪かったかなぁ・・。まぁ、夏のお江戸でも「調子悪い」と云ひつつ、最後は見事な唄を聴かせてくれた順子ちゃんだ。大丈夫だらう。

だが、実際はその時よりはるかに酷い喉の炎症だったやうで、ライヴが終わる頃には喋る声も出ないやうな状態にまでなってゐた。よくこの喉で最後まで頑張ったな。大したモンだ。それになんつっても本人がそれにつひて落ち込むそぶりも見せず、「絶対に次はリベンジを!」と燃えてすらゐる。このポジティヴさこそが角辻順子。天晴れな友人だ。

そんな訳で友情出演のシバちゃん(Gu)のサポートも効を奏し、満員のフライングキッズがおおいに盛り上がる良きライヴとなった。

けふのしーシュは東北帰りで、まぁやはりMCがその事に触れる事になる。それほどにワシらには鮮烈な経験だったし、その思ひはやはり人に伝えたい。ちょいと説明臭いMCになってしまったのは、反省。まぁそれを人に云はれたかァないがネ。

終演後はそのまま会場で打ち上げ、となる。順子ちゃん、もぅほぼ完全に声が出てないやうな状態。唄うたいとしてはどー考へても早く帰ってケアした方が良ささうだが、二次会にも行った様子(笑)。根っからのエンターティナーだなぁ。また元気で会いませう。次回の共演の機会を楽しみにしてゐます。喉、お大事にね。

21日(日)-------------------------------------------------------------------

けふはpercussion house PICOのアイドル的存在、アサミちゃんの30thバースディを祝うライヴパーティー。

本人が企画し、自分が関わるバンド全てで出演し、といふ、まぁ「アサミ祭」である(笑)。ワシらしーシュは彼女の「師匠」的存在、として多側面からサポート。勿論しーシュとしてのライヴも演らせてもらふ。まぁ初めてのひとにもウチを聴いてもらへるチャンスにもなるわな・・。

そんなかんぢで、あまりリキまずに演ったせいか、良いライヴが出来た。MCもすぃすぃ出て、そこそこウケる話も出来たし・・・。やはり気負うとアカンのやな。

しーシュの他にも「あさみとシュウ」や「しーなとパイグ」「しーシュとアサミとパイグ」みたいな組み替えも色々あり、まぁ最後まで楽しく関わった。胃ィの調子があまりよろしくないので、美味さうなカラアゲとかもあったが、アブラもんを喰ふのを控え、パンとかディップとかさういふのばかり喰ひ、酒もウィスキィの水割りばかり飲んでゐた。

終演後は久々にパイグと話しするのが楽しくて、いつの間にやら日付けが変わり・・・。またぐらぐら揺れながら帰った。

22日(月)-------------------------------------------------------------------

けふは二日酔いはナシ。元気に在来線で大阪へ出発する。

18切符のシーズンでなくても、在来線での移動の旅は良いモンだ。ちょいと前はオフ会や友人のライヴ見るだけの為に、フと大阪や神戸に出かける事があったが、最近はやってないねぇ。演奏旅行はそれはそれで楽しいのだが、もっと純粋な旅への欲求、かね?。タマにはやらねばいかんね。

とは云へ今回もライヴに行くのは違いないのだが、明日の関目「我らの家」ライヴは夕夜弐回公演。早めに会場入りする必要があるのに、先に現地入りしておくと色々と楽だ。てのともぅ1つ、タマにはここに「お客」として来てみたい、てのがあってね(笑)。ぢつはそれを提案したのはしーなさんなのだが、御本人は仕事がどーにも都合付かず、無念のリタイヤ。最終の新幹線で来る、とか云ふてたが、さういふ動きには付き合っとられん!と、構わずワシは独りで行く。

ホンマにサプライズで来店したワシに、しっかり驚いてくれた様子のマスター・ゴンスケさん。常連のお客さんもぼちぼち顔をだし、いちいちワシに『あれ?』と驚くのが楽しい。しばしの間、楽しく飲み喰ひして過ごさせて頂きました。明日はよろしくです。

23日(火/祝)大阪 関目:我らの家-------------------------------------------------------------------

今年3回めの関目は「我らの家」しーシュワンマン。

毎回、夕夜弐回公演を満員にしてくれるこのお店と、関目のファンの皆さんに応える正念場。『やはり年に3回も聴くとちょいと飽きマンな〜』と云はれてしまっては由々しき事態!。練りに練った選曲と企画で挑む天下分け目「関目が原の決戦」(笑)。

カヴァーを入れやう、とか、馴染みの曲を中心に、とか考へもしたが、結局は『できる限り沢山のウチらのオリジナルを聴いてもらひたい』といふラインナップで構成。此所数年演ってない曲、とか、本邦初公開の曲、とかも取り入れ。一部二部ほとんどカブらない選曲で挑んだ。ここに一挙公開。

夕の部:前半・梅雨の仙人掌/みみづく時計/苔の記憶/ペンギンカフェで逢いませう/水母の夢/ジェラシィ。後半・夜中に猫が鳴いてゐる/素晴らしき世界/サイドカーに犬を乗せて/ぎやまん/砂に泣き/らくだ/歳をとった鰐/Dance

夜の部:前半・月の路/亀の庭/くちなわは語った/夜中に猫が鳴いてゐる/苔の記憶(ベースヴァージョン)/ごっとりさん。後半・ぎやまん/爪とぎ唄/誰かとGood luck/メアンキエリ(新曲)/うねり/砂に泣き/らくだ/ひつぢは意外と気が荒い/あじさい。夕夜合わせて全29曲!。どーでしたかお客さぁん!。

会場はのっけから大盛り上がりで、立って踊る人、一緒に唄う人、もぅ演り手としても大満足!なライヴだった。「亀の庭」や「ぎやまん」など会場を揺るがす大合唱。関目の皆さん、ホンマにありがとう!。まだ何処でも演ってない(練習不足)新曲「メアンキエリ」も大好評で、「これ絶対次(のアルバム)に入れてよ」の声も。頑張ります。

此所のお客さんは、自分でも音楽を演ってゐる人が多く、始めは見に来て、常連になって、次は出演して、バンドに発展して、といふ人のサイクルが繋がってゐる。『2曲カヴァーを入れるより、1曲でも多くしーシュのオリジナルが聴きたい』と云ってくれる人達。そんな人達に、「関目のスター・しーシュ」と云はれる事が心底嬉しい。

ありがとう。また、必ず来ます。

24日(水)-------------------------------------------------------------------

通常業務(レッスン)に間に合わせる為に、10時には関目を発つ。

ワシはそれでも一旦家に帰ってリラックスする時間が取れたが、しーなさんは帰りの足でそのままレッスンへ。疲労色濃く残るが、いちをう昨日の関目のライヴで、夏から断続的にづーっと続いてゐた旅が、ひとまづ終結した。秋は週末遠征が多くなる。しばらく地元の活動が続くだらう。だが、12月にはまた松阪〜名古屋への旅があるし、年末は例によって神戸〜京都のサーキット。してけふ来年アタマの1週間ぐらいの旅が決まった。

流れやう。何処までも。

25日(木)-----------------------------------------------------------------

WADAバンドのリハ。これもライヴが来月に近付き、キチンとこなさねば恥かくぞ、のかんぢ。ギターもスタヂヲ入りして、真面目に練習す。

某ライヴの様子を録画&編集したダイヂェスト映像が送られて来た。見事に映ってないワシ(笑)。それほど満員な開場でもなく、ステージ上も4人しか居らぬ、といふのに、選んだかのやうにカメラ(固定)のアングルから外れてゐる。立ち位置が変わっても、見事に映らない場所に移動してゐる。コントを見てるやうな・・・(笑)。

卑屈になってる訳でもなんでもなく、かういふのってホンマにワシらしいな、と。

こないだダレかにも云ったのだが、かういふ星の元に生まれてゐるのだワシは。さういふ役回りを、神から与えられてゐるのだ。それはそれで清々しい、と云へぬでもない、こともない。

26日(金)-------------------------------------------------------------------

外してほしい、と云ふ要望を聞き入れてもらへず、遂に今期から専門学校の授業が「朝イチ(始業9時)」からとなった。

早起きが嫌な訳ではなく、事実日頃はその辺の時間から行動してゐるのだが、午前中の空き時間を割と有効に使ってる身からすると、午前が丸まる授業に充てられると云ふのは、仲々シワい。まぁその代わり、午後は丸々空き、となるから・・・・、どーしょっかな・・。着付け教室にでも通おうかな・・。

50に近くもなって、全然成長してない自分を感ずる。これではイカン、と思ふ。もっと広く自分を磨く訓練を積まねば、ホンマに下らない老後を迎える事になってしまひさうだ。しかし何をすれば自分が向上出来るのか、さっぱり分からぬのも事実。セミナーや啓発で磨かれるなら、何の苦労もない。


4週目

27日(土)-------------------------------------------------------------------

浪速のサンダース軍曹、こと、徳田建さんが広島に来る、のを見に行く。対バンは飲んべえ仲間、佐藤弘之氏。飲んべえ仲間、とは云へサトさんはドクターストップ、ケンさんもけふ中に大阪に帰らねばならぬ、といふ事で、この二人のライヴにしてはたいへん珍しい事にノン・アルコールで(笑)。

前に見たこの二人のライヴは、双方ぐでんぐでんで、まぁちょいと正直金払って見るのはどーよ、てかんぢだったのだが、けふはお互いの持ち味がちゃんと出せて良いライヴ。ケンさん本人も、あとで『酒のンで演っちゃダメって事だね』と云ってた(笑)。相変わらずシブいバリトンで、ユルく聴かせる唄の数々はお見事。今年はケンさん&しーシュ春の合同ツアーをやらなんだので、どっかで演りたいね、と。

サトさんの数十年ぶりか、の新曲も良かった。なんでもサトさんの300年にも及ぶキャリアにして、初のソロアルバムを作る動きが高まってゐるさうだ。そらぁたいへん素晴らしい。是非、実現してほしい所だ。だが、かつての仲間として壱曲ぐらい弾かせてくれても良からうに・・・とも思った。

28日(日)-------------------------------------------------------------------

朝からカンヅメで、某楽器店秋の大コンサート(よぅは発表会やね)のリハ。

それでなくとも少ない生徒がドタキャンしやがったので、大半をワシやパイグが弾くことに・・・。しかしまー、このままベースの生徒が増えなんだら、この先発表会のあり方が問題になって来るなぁ。「募集努力が足らんのだ」といふ声もあるが、さうかなぁ。どーいふ努力をすれば良いのか、逆に知恵を借りたい所ですけど・・・。

講師演奏のリハも演り、ワシはケツカッチンでBobby'sのライヴ「うどんとジャズ」に急行。もぅお客さんが座ってうどん喰ってる所に、裏口から会場入りするワシ。まぁさういふ事情で、打ち合せもリハも音チェックもナシ、のまま本番。それはえぇんだが、ここん処演奏中のボビーさんの暴走が著しくて(苦笑)、合わせるのに大変苦労す。もちょっとちゃんと演りたいんだけどねぇ・・・。

でも、現在のワシのコネクション中では唯一、旧泰然としたバンドマン気質を感じさせてくれるユニットでもあり、大事にしたい繋がりではある。こーなりゃボビーさんが生きてる限りは付き合おう、と思ってゐる。故・岩本貢さんの時のやうに、最後まで付き合えなかった、といふ後悔は、もぅしたくないのだ。

29日(月)-------------------------------------------------------------------

久しぶりに「シュウ's(仮名:ワシ、パイグ、えのチャンのトリオ)」のリハをす。

最近、唄う機会が少ない、と云ふパイグにも積極的にヴォーカルを取ってもらおうと、けふはパイグの曲を中心に演る。このトリオはさういふモノにしたい。ギターももっと上手くなんなきゃ、ね。ギャラが出なくても、持ち出しがなくて済みさうなイベントがあらば、積極的に色々出てみやう、とメンバーにも通達。ユニットの名前、考へんとな・・。

夜はしーシュで・・・おっと、椎名まさ子と執事フライデー、でオリエンタルホテル。お客様から「Dance」のリクエストを頂き、応える。

ところで此所数日、「唄うと喉が痛む」といふたいへん稀な症状に見舞われてゐる。・・と云ふのもワシは、体調が悪いと声が出なくなったり、急に咳きこんだり、てのはタマにあるのだが、どんなにガナって唄っても、喉に痛みを感じた事はこれまでに一度もなかった。

気が付いたのは大阪でのライヴ後。打ち上げで飲んだビールが、喉に滲みた、のである。その時は、流石に唄い過ぎたな、としか思はなんだのだが、それが壱週間経って収まってない、と云ふ・・・。

この数年は「鉄の喉」を自負してゐたのだが、ちょいと無気味。

30日(火)-----------------------------------------------------------------

専門学校。教室の空調がまた壊れやがり、蒸し風呂のやうになったスタヂヲでレッスンす。それにしても此所はよぅ備品が壊れる。早よぅ直してや〜。

夕方からは個人レッスン。その後はFMの収録→企画会議。

極力、強い声を出さぬやうにして壱日過ごしてみた。それでも時折、咳が出るので、まぁちょいとした風邪なんだらうけど・・・。

10月