独弾ツアー2005


前半戦:九州〜山口そして広島


3月17日(木)--------------------------------福岡博多ドリームボート

朝から冷たい雨が・・・。どうもワシが九州に行くと雨が降るやうだな。しかし、天気予報なぞ聞いてみると、天候は回復傾向にあり、遅くとも夕方には各地の雨も上がるだらう、との事。それでも出発時には土砂降りに近い雨。最寄りの駅まで歩いてゆくつもりだったが断念。タクシーを呼んで広島駅まで運んでもらう。早速予想外の出費。

広島駅に着いて新幹線の切符を買い(これも予想より高かった!)、適当な時間のこだまに乗って博多を目指す。2時間もかからぬ旅だが、やはり移動してゐる、といふのは、良い。5年以上前に来た事があるだけの博多だが、路線図と勘だけを頼りに、けふの会場「Dream boat」を捜す。地下鉄の駅を出た途端、見つかる。誤算。時間が余る。

けふのライヴは地元のお兄ちゃんシンガー、大阪からアウェイで参加の養老彌助さん、とワシ。ピンのミュージシャン3人、しかも2人がアウェイといふラインナップ。平日と云ふ事もあり、大方の予想通り集客は寂しいものだった。それでもギリギリまで電話をかけまくって、常連さんを何人か呼んでくれたドリームボートに感謝。逆に地元のお兄ちゃんにはもっと頑張ってほしいよな。

ツアー初日と云ふ事で、演奏内容は堅さがあったやうに思う。如何せんお客さんが少ないのでテンションも上げ辛い。元々カヴァ−バンドが出演者の中心となる店、と云ふ事もあり、CDの売り上げはゼロ。滑り出しから仲々にシビアーなツアーとなる。

大阪から参加の養老さんは、ジャズィなギターに良い具合に枯れた歌声を載せて唄うナイスなシンガー。男が惚れる声、と云ふか、ワシはかういふ声で唄いたかった!と云ふかんぢ。人間的にも好感あふれるひとで、旅人同士情報を交換しあう。良い旅を。

誤算、その弐。寒い。なんとなく『九州は温い』と思うてゐたが、それは間違いだった。九州〜山口ツアーの宿提供者、北九州は八幡の村岡Tei達也さんに云わせると、「九州でも、博多小倉は山陰に面してゐるのだから山陰気候なのだ」とのこと。Tシャーツに短パンで寝れば良い、と思うてゐたワシは寒さに震える事になった。

18日(金)---------------------------------北九州小倉バードマンハウス

あまりの寒さに仲々寝つけなかった為、昼近くになってようやく起き出す。昼も寒い。スェターなんぞ持って来てなかったワシは、結局ツアー中づっと、ライヴをしてゐる時間以外は、寝る時まで上着のフリースを着っぱなし、と云ふ事になった。

けふの会場は小倉バードマンハウス。Teiさんのバンド『ZEKU』主催のイベントで、ワシと、やはり広島から友人のアカペラグループCha cha pella を招いてのライヴ。ZEKUは、元々ワシも在籍してゐたThe EGG's が発展したバンド。Vo&GuのTeiさん、Perのナオエちゃんの名コンビに、Baの柿原正洋くん、Drの出口成信さんを加えての4人組。ワシの曲「丘にのぼる時」をレパートリィにしてくれてゐる、と云ふのは前から聞いてゐたが、メンバー全員、作者当人に会えるのを楽しみにしてくれてゐたと云ふ。

さて、ライヴは昨日とはうって変わって大入り盛況。店自体が非常に面白い作りをしてゐる事もあり、縁日の舞台でやってゐるやうな好ましいかんぢがする。まづZEKUが軽く演り、Cha cha pella 、ワシ、またZEKUと云ふ出演順。ワシは昨日とほとんど同じ事を演ったが、段違いにウケた。アンコールまで来た。嬉しいねぇ。前も小倉で独弾を演った時は、凄くウケたのだ。相性の良い町なのかもしれぬ。

さて、ZEKUであるが、非常に素晴らしいバンドである。コード楽器はTeiさんの弾くアクースティックギターのみ、といふ編成だが、全員がコーラスを取り、このリズム隊がまたよくウネる。久々に「良いバンド」を見た。Teiさんは『まづは小倉で知らぬ人が居らぬぐらいになって』と云うておるが、そんな事は時間の問題だらう。きちんと定期でライヴを続けてゐれば、間違いなく近い将来、このバンドは北九州を席巻する。

演目は、月の路/丘にのぼる時/春/Tes de taz;/此岸之朱/キャメル05(アンコール)。演奏がウケた割にCDは売り上げ伸びず。ヌ〜〜。

19日(土)-----------------------------------山口長門ギャラリーショアーズ

けふは北九州から一端本土に渡り、山陰長門市に入る。昨日に引き続きZEKUの連中と行動を共にする。ここらへんは数年前EGG'sで活動してゐた頃、よく演ってゐた辺りなので、懐かしい。油谷湾。向津具半島(ムカツクはんとう、と読む)。川尻岬。日本海沿いの開放的な雰囲気。何度来ても良い所で、ワシらの間では密かに、みんなでこの辺に移住しやう、といふ計画さえ持ち上がってゐる。

会場はそんな絶景を窓から見遥かすロケーション、ギャラリー&カフェ「ショアーズ」。全面の窓から水平線を見渡せる、贅沢この上ない状況。夜にはそこにイカ釣り漁船の光が・・・・・。しかし、やはり、此所も、寒い。

さて、けふのホストはナオエちゃんも在籍してゐるバンド「馬耳東風」。このバンドが定期的に此所でライヴを行なってゐるやうで、結構固定客も多く、集客は期待出来る、と云ふ。その馬耳東風。社会人の余興的なものかと思いきや、ポップスやロックをジャズ風に、あるいはジャズをポップス風に、仲々シブいアレンジで聴かせる落ち着いたバンド。前に来た時も思ったが、この町、音楽的レベルは仲々侮れぬ。

ライヴが始まる頃には50席が満員。イカ釣り漁船の灯り映る窓を背景に、馬耳東風、ワシ、ZEKUの順番で出演。どのユニットも非常に盛り上がり、客が踊る踊る。非常に良いライヴ。ワシも昨日に引き続き、たいへんよくウケた。外人さん(この町は外人さんが多い)に『あなたはとてもクリエイティヴだ』と云われて嬉しい。しかしこの日色んな人から云われた『何故海外で演らぬのか?』といふ問いは、その後もワシの中に波紋を投げかける事になるのだが・・・・。

演目は昨日とほとんど同じ。CDの売り上げはこれまでではトップ。しかしそれでも当初の推量には遠い。改めて、CDを売る、と云ふ難しさを思い知らされた。

すっかり仲良く打ち解けたZEKUのメンバーで一台の車に乗り、眠気さましに、昔Teiさんと良くやった「ん」で終わる尻取り(例:ペンギン→銀塩→エンジン→腎盂炎・・・・。お試しあれ。語彙の勉強にもなるよ!)などやりながら、北九州へ帰る。

20日(日)--------------------------------帰広/地震

こっちで会ってからといふもの、づっと車の中でげほげほ咳をしてゐるTeiさん。連日の意外な寒さに加え、続くライヴの疲労。昨日あたりベースの柿原くんが『なんか喉が痛いっス』と云ってゐた。それはやはり此所に来てワシにも伝染したやうで、起き抜けから喉が痛く、鼻の奥がつーんとする。やられたな・・・・・。

まぁけふは帰るだけだし、明日は一日休み。火曜日にまた1本ライヴあるが、その後は二日空きで大阪といふスケヂュールなので、イムフルエンザでない限り、それほどの大事には至らぬであらう、と思ってTeiさんの入れてくれた茶を呑んでゐた。と、その時、『ミシッ!!』と音がして大地が波打った。

「地震ぢゃ」とTeiさんが呟いた次の瞬間、ドォンと揺れが激しくなり、阪神大震災や芸予地震を思わせる激しい揺れがかなり長い間続いた。ワシはとっさに近くに居たTeiさんの二人の息子(双児)を抱きかかえ、いつでも立ち上がって逃げれるやうに膝を立る。窓ガラスがミシミシと撓み、Teiさん家の猫はパニくって部屋中を駆け回ってゐる。窓の外では鳥の群れが慌てて飛び立つのが見える。「かなりデカいぞ、これは」。

揺れは30秒以上続いた。幸いTeiさん家は、棚のモノが落ちる事もガラスが割れる事もなく、二人の息子共々、何ごともなく済んだ。即座にTVを灯ける。地震速報が入る。震源は玄海沖。マグニチュードは7.0。津波の恐れあり。さうか、ここは内海ではないのだ。最も揺れが激しかったのが博多。広島にも揺れは及んでゐるらしい。1分後に取り合へず女房に無事を知らせるメールを打つ。まだ届く。5分後くらいに女房から返信。無事が確認出来たので以後メールはしない、とメッセージ。さすが我が妻、非常事態に対する心がけは完璧である。案の定、その後メールも電話も繋がらなくなり、ワシらは個々の行動原理に沿って判断をする事を迫られる。

Teiさん曰く、『恐らく今日一日、新幹線は不通になる』。ダイヤも大幅に乱れる事だらう。Teiさんの嫁さんは仕事で山口県は周南市にゐるのだ。Teiさんの決断は早かった。『これから子供を下関の実家に預け、お前をとりあへず周南市まで送ろう』

と云ふ訳でTeiさんの運転する車で帰って来た。周南市で1時間遅れの新幹線に乗り、なんとか夕方前には自宅に帰り着いた。

21日(月)-----------------------------------オフ/結婚記念日

滅多に行かぬ地域で、滅多に起こらぬ地震に遭遇する、と云ふちょっとした経験だったが、やはり結構な被害が出てゐるやうだ。

けふはツアー中日で、旅帰りで、風邪ひき、なのだが、よい天気で、しかも10回めの結婚記念日である。ここだけの話、少し前に「スウィートテンなんぢゃらなるものでも買ってやるべ」と思ひ、色々調べたのだが、ダイヤってあんなに高いのだね!?。来年からちょーと仕事がシビアーになることだし、これは無理です。ごめんね。

といふ事で、インド料理を喰ひに行く。知人が店長をしてゐる海辺のインド料理屋。良く晴れてゐて、清清しい天気。九州ではたまたま寒い日に当たってしまったのかも知れぬが、やはりこちらは「瀬戸内気候」なのだらうか?。とても暖かい。海の見える暖かい日射しの中で、タ−リ−(大皿)セットをましましと喰らう。店長は居なかったが、ウェイトレスの女性が久々にストライクゾーンの美人であった。カレーを喰ひ、隣接する怪しげなえせニック雑貨屋で、小物を買ってスウィート〜の換わりとする。やはり身体が本調子でないので、ほどほどに引き上げた。

10年目。あなたがワシと結婚した事を、後悔してゐない事を祈るほかはない。

22日(火)-----------------------------------広島ばっどらんず『オルカ団』

けふはいよいよ東京からBARAKAを迎えてのライヴイベント。たまたま対バンだったBARAKAと友達になり、かうやって自分達が企画を立てるやうになって、何年経つのだらう。

けふの出演は、Gressive、オルカ団は勿論、ポークスカッシュにInner muscle。もうBARAKAをトリに持って来ても問題ない程固定客もついた。BARAKAのメンバーも『広島は特別な場所』と云うてくれてゐる。ただオルカは一昨年のこれに不参加、昨年はBARAKAの広島ライヴ自体が無かったので、オルカとして一緒に演るのは2年ぶりとなる。現メンバーになってからのオルカでは、勿論初めてだ。

ウチはInner、ポークに続く3番手。演り易い位置でもあり、前の二つが元気の良いバンドなので、最近のオルカのユルさを発揮出来る。ライヴハウスで演ること自体が久しぶりだ。かをりが染め織りに日本髪、MIがチャイナドレス、まちゃあきが怪しげなアジア服、ワシがモンコン*、とえせニック甚だしいステージ衣装。幕が上がると同時に、ワシがディジュリドゥのソロを始める、といふ、もう何が何やら・・・。

演目は、不知火/海の向こうで戦争が始まる/十六夜/彼岸へ。の4曲。大幅に即興部分を増やし、これだけでも30分。そのうち30分なら3曲ぐらいで演れるやうになりたいねぇ。ただ、あんまりにも淡々と演りすぎてMCがほとんど無し。ので、CDやツアーの宣伝も、次のライヴの告知も、忘れた。

初めて東京に行った時、つまりまだバリバリにプログレ臭を放ってゐた頃のオルカを見た、と云ふ人が来てくれてゐた。「物凄い変わりように驚きました」とおっしゃり、CDをお買い上げ下さった。さすがにけふはCDがよく売れました。

BARAKAは新作を引っさげての登場。構築性にさらに磨きがかかり、24分に渡る組曲『Five rings』は呼吸を忘れてしまいさうなテンションの高さ。歌詞は相変わらず全編英語。作詞の伸さんによると『Five rings』とは『五輪の書』のことださうだ。さすが読書家の伸さんである。BARAKAは詩の内容が分かればもっと面白いんだらうな。英語、勉強しやうかな・・・。

出演メンバー全員での打ち上げも恒例。ファンも加えての楽しい宴は3:00まで続いた。この後、4月頭にかけてほぼ毎日ツアーの日々となるBARAKAの皆さん。お元気で。既に次の来広も8/2と決まった!。また会いませう!。

*モンコン:

ムエタイ(タイ式キックボクシング)の選手が、

試合前にワイクー(神に捧げる祈りの舞い)を踊る時に、頭部に装着せしめるもの。

モンコン

23日(水)-----------------------------------------オフ

風邪、腰痛、二日酔い、睡魔。

「お休み」宣言をして、ホンマに一日中ベッドの中にゐる。寝て、起きて、本読んで、また寝る。近年稀に寝まくった一日。

24日(木)-----------------------------------------レッスン

人間、寝れるものなのだな。ワシは日頃あんまり寝ないので。けふはツアー中だがレッスンがあるので、起きて、行く。

地下街でデモンストレーション演奏をしてゐる藤井マナブと、中野チカラさん、それからお久しぶりにピアノの中西さんに会う。『ツアー、行きまくってンね〜』と云はれる。さう、更に海外に行こうとしてゐるのだよ。やり方、分からんけど。

夜にはなんか霙のやうなものが降ってゐる。明日も記録的に寒くなりさうだとか。


後半戦

大阪〜名古屋〜そして東京

3月25日(金)--------------------------------大阪南船場ペーニャ

けふの大阪からツアー後半が発動する。今回は女房を同伴。バスで大阪に向かふ。高速バスにて3時間の旅は悪くない。づっと外の景色を見てゐる。大阪の地下鉄に乗り込むのに少々苦労したが、なんとか今夜のライヴ会場、南船場はペーニャに到着。

今夜のライヴのホスト(かう云ふと語弊があるか?)は、伝説のストレンジポップスユニットBrew-brewのベーシスト泉尚也さん。某映画音楽でワシが「一聴き惚れ」をしたフレットレスベーシストである。ワシからの押し掛けメールに丁寧な返信を下さり、以来、メル友となった。今回のツアーの件を相談した所、対バンとブッキングを快諾して下さった。大阪はソロでは、と云ふより、自分の音楽を演りに来ること自体が初めて。

泉さんのユニット「Faith」はベース+パーカス&ヴォーカル、と云ふスタイル。ジャズやポップスのスタンダードを、この編成でぢつに美味しいアレンジで聴かせる。とても面白い。リズム+ベースライン+唄、といふのは、云うてみればワシのソロのスタイルで必要なものと同じである。しかし、はるかに洗練されてゐて、御本人が云うやうに『必要にして充分』な音楽。ワシが一耳惚れをしたベースサウンドも健在。

ワシの演目:月の路/丘にのぼる時/春/CT25;13/Tes de taz;/此岸之朱。関西の音楽ファンは厳しい、と聞いてゐたので、少々ビビってゐたが、仲々にウケたやうで、とりあへずほっとする。

26日(土)-----------------------------------名古屋リトルビレッジ

朝、ホテルを出て軽く飯を喰ひ、独り名古屋へ出発。大阪駅の改札で女房と別れる時、言い様のない寂しさ&虚しさに襲われ、『こんな所に女房を置き去りにしてまで、ワシは一体何をやってゐるのだ?』と云ふ気持ちになった。しかし、ワシはワシ自身の為に進まねばならぬのだ。許せよ我が妻。

名古屋。存在を知ってゐる以外、何も知らぬ土地である。奇しくも万博が開かれてゐるやうで、凄まじい混雑が予想されたが、実際行ってみるとさうでもなかった。けふのホスト、元オルカ団の中尾マミと、古くからのワシらのファンNさんが名古屋駅まで迎えに来てくれてゐた。3人でとりあへず昼飯を喰ひ、Nさん宅でしばし休憩。

今夜のハコはリトルビレッジ。小さな店だが、ツアーミュージシャンの間で、度々名前を聞く店だ。マミやNさんの尽力で、一杯のお客さんが集まってくれた。此所からが問題!。さう、けふはワンマンなのである。づっと廻って来た九州も山陰も持ち時間は40分程度だったのだが、今回はそれを二つやらねばならぬのだ。ソロでの2ステージなど、広島でもめったにやらぬのに・・・。

演りながら考える、いつものパターン。このやり方を『横着な』と思う向きもあるだらうが、やはりライヴは生き物。自由の効くソロの時は、会場やお客さんの雰囲気をみながら、内容を変えてゆくのも「LIVE」だらうがよ。珍しくリクエストに応えたりもしながら演りましたぜ、2ステージ2時間半。非常に暖かい雰囲気で、良いライヴが出来ました。アンコールの後に「Thank you 名古屋」と、全く自然に口をついて出た。

演目(憶えてへん。順不同):月の路/春/丘にのぼる時/千年刻みの日時計/CT25;13/Alissa/キャメル/刹那の季節/無題ベースソロ曲/Tes de taz;/家路。こんなもんやったかな?。刹那の季節はリクエストに応えて。ソロで出来る曲だとは思うてもおらなんだが、昨日のFaithの影響で、不思議と自然に演りきれた。意外な所でレパートリィが増えたな。

27日(日)-----------------------------------名古屋植田ベネティク

けふは、部屋を貸してくれてゐるNさんが、友人と遊びに出かけた為、会場入りの時間まではオフ。独りで名古屋の町を散歩したり、マミと寺院を見て廻ったりする。

けふのハコは植田、といふちょいと郊外にあるハコ。ちょいと一杯呑りに来るだけでも良ささうな、小洒落たバァである。残念ながらマスターが病気療養の為、3月一杯でクローズする、といふ。「折角、縁が出来たのに申し訳ない」とマスター。

ところがこの日は良くなかった。機材のせいにするのは容易いが、やはりこれはワシの集中力不足だらう。昨日と同じ町で同じ2ステージ、といふ事から、演目に変化を持たせやうとしたのもいかんかった。例の「雰囲気を見ながら〜」といふ演り方は、調子が良い時は良い方に働くが、悪い時は悪循環でどんどん悪くなってゆく。気が殺がれてゆき、盛り上がれぬままに終わってしまった。口惜しい。が仕方ない、これも現実だ。

それでもアンコールが来たので、即興で1曲演った。こないだの大阪駅で女房と別れたときの心情を、心に浮かんで来るままにつらつらとメロディに載せて唄ってみた。Nさんがビデヲに録ってくれてゐたので、あとから完成させることができるだらう。またレパートリィが増えたな。これがけふのポジティヴな一面。

旅に出てからは、ほぼ毎晩、女房にメールする。かういふ日は弱音っぽい事を書いてしまう。しかし、この小さなデヂタル画面に映る女房の言葉に、なんと励まされることよ。

28日(月)----------------------------------------------------移動日&リハ

雨。昼過ぎ、Nさんに名古屋駅まで送ってもらふ。宿泊、食事、ブッキング、集客と、Nさんには何から何まで本当に世話になりっぱなしであった。Nさん、ありがとうございます。心から感謝。

わざと名古屋発のこだまを選んで搭乗。各駅停車でのんびりしながら東京を目指す。のぞみなら1時間チョイ、こだまでは2時間半かかるのだが、苦ではない。かうしてみるとワシはホンマに「列車の旅」が好きなのだな、と思ふ。

東京は吉祥寺駅に着いても、まだ雨が降ってゐて、そして何故か傘が開かぬ。濡れて歩く羽目となる。

定宿、川島&涼子宅に一度おぢゃまして、下北沢のスタヂオにキキオンのリハに入る。十時さん、佐々木さん、小熊さん、1年ぶりの再会である。31日の吉祥寺でのキキオンのライヴは、オフィシァルDVD発の為の公開録画なのだ。で、結構キアイ入れて演らぬと恥ずかしいことになる。しかし、たった2回のリハだけで、そう上手く事が運ぶのであらうか?。

29日(火)---------------------------------------------------リハ

日中はオフ。ワシはツアー中3日に1回の割合で衣類の洗濯をする。コインランドリィの乾燥機を使うことが多いが、けふは良く晴れてゐるので、外に干す。夕方までには全部乾いた。吉祥寺に来ると必ず行くインド料理専門店「サムラ〜ト」で喰ふ。CD屋、本屋などうろつくも、何も買わず。

夕方から、またリハ。だいぶいいかんぢに仕上がった、とは思う。あとは本番の出来次第だな。

30日(水)-----------------------------------------------------オフ

けふは、今回のツアーが始まってから初めての、そして唯一の完全オフ。大塚の格安のビヂネスホテルに部屋をとって独りになる。ワシは多分人間嫌いなどではないと思ふのだが、1週間に1回は独りにならぬと、とてもストレスを感じるのだ。

えらく安かったので想像は出来たが、ピンク街のど真ん中にあるビヂネスホテル。一歩外に出ると客引きのおっさんからばんばん声をかけられる。しかし、治安自体は、ぢつはかういった所の方が安定してゐるのだよ。何故かってぇと、常に誰かが表に立ってるでしょ?。しかもモメごとなんかあったら、この人達が一番困る訳だし。

部屋も、まぁ実際に見たことはないが、刑務所の独居房のやうな部屋。とても狭いが、なにか落ち着く。安いメシ屋でご飯お代わり自由の定食を喰ひ、部屋でチーヅをかぢりながらワインを呑む。独りを満喫した夜であった。

31日(木)---------------------------------吉祥寺曼陀羅2『キキオン+リズマ・クノムバス』

さて、いよいよキキオン公開録音ライヴ。髭を剃り、頭も剃ってキアイ入れ、いざ、会場へ。

何の迷いもなく違う会場に行ってしまい、しかも中に入るまで気付かなんだ。

改めて曼陀羅へ会場入り。公開録画だけあって撮影スタッフ、音声録音スタッフなど、人が入り乱れる。セッティングをし、サウンドチェックをし、撮影が始まる。ワシは知らなんだが、かういふ時ってリハーサルから全部録るんだってね。

本番が始まるまでの時間。ワシはあれが一番好きだ。ナンとも言えぬ高揚感、最近はそれをコントロールできる。ピーター・バスティアンも著書の中でかう書いてゐる。『そこにはコンサートの前に必ず訪れるある種のエネルギーが充満してゐる。昔、私はそれを「緊張」と考えてゐたが、いまは同じエネルギーを「霊感(ここではインスピレーションと書かれてゐる)」だと感じてゐる』。好ましい霊感の時間だ。

さて本番はワシのベースと十時さんの唄のデュオからスタート。ヴォイスのインプロや十時さんとの掛け合いなど、結構ワシをフィーチャーさせてもらってゐる。『キキオンにぴったりのベースがようやく出てきたね』と云われてゐる、といふ。期待に応えねばならない。

みんな撮影を意識したのか流石に少しカタイ演奏だった。自分的にも100点満点がやれる演奏では、決して、ない。が、いちをう収録は成功した。後は会社の判断にゆだねるしかない。これが上手く形になれば世界流通に乗る、と云ふ事もあり、ゲンタさんは、切にそれを願ってゐるが・・・・・。

4月1日(金)------------------------------------セッション・リハ

ライヴから一夜明け。宿主ふたりとブラリと外出。屋台(のやうな店)で飯を喰ひ、井の頭公園を散策す。さう云えばこの3人で出歩くのは、かなり久しぶりだ。川島も涼子も上京して4年目。はじめの頃は初々しかった彼らも、既に都会を生きるもののふてぶてしさが身に付きつつあるやうな気がする。涼子もこの春で大学を卒業し、これからさらに都会の厳しさを体感してゆくことだらう。川島もまだまだ仕事をバリバリこなせるまでには行ってない。二人で助け合ってこの街を生き抜けよ、と思ふ。親戚のおぢさんのやうな気持ちである。

夜は、明日のセッションのリハ。我らリズマ・クノムバスに、フラメンコギターの小林智詠くんと、チェロの星衛さんをフィーチャーした、ラテン系セッションだ。小林くん、まだ20代ながらフラメンコの世界では新進気鋭のギタリストとして注目を浴びてゐる。本場仕込みのテクニックは、これまでに共演したギタリストの中でもトップクラス。またこれが人格者なのである。

小林くんのオリジナルを中心にしながら、ワシのソロや即興を交えてゆくラインナップ。面白い。明日の本番が楽しみだ。

2日(土)---------------------------西荻窪奇聞屋『リズマ・クノムバス:フィーチャリング小林智詠、星衛』

昨日のリハが思いのほか手応えがあり、会場入りまでマメに練習する。此所数日、弦が滑らぬ。手の油が減ってゐるのか?。スライドを多用するワシの弾き方には、手の油が不可欠。仕方なく頭の油で代用。スキンヘッドは便利である。

本番はワシのソロによる即興から始まり、ゲンタさんとのデュオ、星さんを交えての即興を経て、小林くんを加える。パコ・デ・ルシアバンドのカルロス・ベナベンデが好きなワシとしては、あのやうに演りたいものだが、まぁ技術が違わぁな。とりあへずワシの持ち味である「えせニック」フレーヴァーを、小林くんのフラメンコスタイルにどう搦めるかを主題としてみた。

良いライヴだった。純粋に「演奏」を楽しんだ、といふかんぢ。小林くんのオリヂナルは勿論、ワシのオリヂナルもこの編成で、新たな可能性を見出せた。客入りもまづまづ。楽しかった。

3日(日)--------------------------------------国立地球屋『さんましら+藤野由佳』

昨日で「ベースを弾く」演目は終了。ので、ソロ用の機材を宅急便で、先に広島に送り返しておく。

けふはさんましらにケルティックアコーディオンの藤野由佳女史を迎えてのクァルテット。会場入り前にスタヂオに入ってリハ。そのままゲンタさんの車に、楽器を抱えた4人がギュー詰めになって、国立へ向かふ。

国立は初めて行く場所。会場の地球屋は、一橋大学のすぐ脇にある。桜並木で有名な場所らしいが、まだ咲いてないので、ただのくすんだ並木道であった。お店は広くはないが、ちゃんとステージがある。どこがどう、と云ふ訳ではないが、なんか落ち着くかんぢの雰囲気のする店だ。スケヂュールを見ると、なんとあのマニ・ノイマイヤー(知らんか?)が来たりしてゐる。客筋も8割が常連で、しかも、音楽を聴きにこの店に集まって来る、といふ。本日対バンの「国分寺エクスペリエンス」のファンには、ワシの唄が絶対にアピールするはず、といふゲンタさんの狙いだ。

その狙いは当たったやうで、1曲終えるごとに拍手が大きくなって行き、アウェイとは思えぬ位盛り上がった。ゲストの藤野女史の熱演もあり、さんましらとしてもベストの出来。終演して、まだステージを片付けてゐる段階で『CDくれ』と云はれる。結局、このツアーではこの日が一番売れた。

後続の国分寺〜は愛と平和を謳うメッセージ色の強いロックバンド。ヴォーカルのおチョコさんの独特のキュートなキャラと相まって、店中が一つになって盛り上がる。しかし何より凄いのがダブルヘッダーのゲンタさん。このバンドではドラムを担当してゐるのだが、まぁ叩く叩く!。立ち上がって叩いたりしてゐる。ツーバスも雨霰!!。アンコールのセッションで再びステージに上がったワシが『けふはくどうげんたのワンマンショーだったのですね』とMCして笑いを取れた。

終演後もお客さんと一緒になって呑んだり喰ったり。次はソロでも演ってみたい、と思わせてくれる場所である。

4日(月)----------------------------------三軒茶屋グレープフルーツムーン『さんましら+星衛』

さて、長かったツアーも千秋楽。宿主二人と昼飯を喰ひに出る。涼子の話によると、しばらく元気がなく引き隠り気味だった川島が、ワシが来てから目に見えて元気になってゐる、と云ふ。

けふの対バンは、先日広島にもやって来てくれた角辻順子ちゃんのバンド。この人達とも簡単には語りきれない由縁と恩がある。何故ワシがこのふるさとを遠く離れた土地で、このやうに安らいだ気持ちで唄えるのだらうか?。人の縁とはまこと不思議である。

力んだり、気を抜いたりした訳ではないのだが、ちょいと集中力に欠けた演奏となってしまった。最後のライヴだっただけに残念だが、これも現実。前向きに受け止めて今後の糧にしてゆくしかない。グレフルはこれまで大体良いライヴができてゐた場所だったのだが。

三茶グレフル。思へばオルカ団での東京初演はこのハコだったのだ。そして、自分は何がやりたいのか?といふ疑問に答えを出せた場所でもある。あれから3年。スタッフの方々も馴染みとなり、知り合いもいっぱい増えた。感慨深い。

打ち上げ。ツアー中は酒を控えめにしてゐる(今回はさうでもなかったかな?へへへ)が、晴れて解禁。順子バンドの皆さんと、閉店まで和やかに楽しく呑み、喰ふ。02年の初めての単独ツアーの時、やはりこの居酒屋で打ち上げをした。そしてその時と同じく、やはりけふも『何故、東京に来ない?』と訊かれた(笑)。あの時は答えに困った。今はかう云へる『来てるぢゃないスか』。

さう、今のワシはそれで充分なのだよ。

5日(火)----------------------------------

朝8:30。

まだ寝てゐる川島と涼子を起こさぬやう、そっと家を出た。

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あとがき

自他共に『大丈夫なのか?』と思われた長いツアーが、かうして終わった。ホンマに長かった。さすがに『しんどいな』と思う時もあった。正直、今はしばらく広島にぢっとしてゐたい。オルカのメンバーをもっと鍛えぬといかんし、もっと沢山、曲を書きたい。ちょいと新しい事にもチャレンヂしてみたいし、異種間交流セッションシリーズ「企画」もまだまだやりたい事が一杯ある。

それでも、やはりしばらくすると、また旅に出たくなるのだらうな。

不惑の年、とやらを迎える今年。がぜん面白くなって来たこの流れを、まだしばらくは漂っていたい、と思ふ。

ゲンタさん、十時さん、小熊さん、佐々木さん、藤野さん、智詠さん、星さん、川島、涼子、泉さん、森島さん、田中さん、Teiさん、ナオエちゃん、柿原くん、出口さん、BARAKAの皆さん、Gressive、ポークスカッシュ、インナーマッスル、馬耳東風の皆さん、Chacha pella のみんな、国分寺エクスペリエンス、順子ちゃんとその仲間達、今枝さん、端山さん、マミ、西元さん、全ての人の名前が書けないのが辛いけど、このツアー期間中に出会った全ての人に、心一杯の感謝と愛を。

帰りを待ってくれてゐた妻に。

ワシと一緒にバスに車に列車に揺られ、供に旅した愛器ヴァネッサに。

みんなありがとう。


翌月