週変わりのシュウ

富美加の脚

11月1日(金)

嗚呼、11月になった。
あと60数日で年が変わる、だと?。
こないだ新年を言祝いだばかりではないか。

 

11月2日(土)

けふは久しぶりに『ご近所の飲食店にお金を落とすデー』にせんとす。

かつてはづいぶんと栄えてゐた、と聞く我が町の商店街。飲食店はもちろん、肉屋たまご屋、本屋や文房具屋に薬屋まであったさうだ。

数少なく残ってゐる飲食店のうち、この界隈で最も「老舗」の定食屋『つつ井食堂』で、まづはビールとおでん。大将&女将に聞くところによると、このつつ井食堂、なんと創業50年になるといふ。近所にある会社の独身寮にゐたものが 定年を迎えて挨拶に来た、といふエピソードもすごい。ワシが4歳のときには、この店はここにあったのだ。

その偉業の素晴らしさに感服するとともに、しかしここも後継者はおらず、現 大将の引退とともに暖簾を下ろす事になるのは避けれぬだらう。そして、そは残念ながらそれほど先のことではないだらう。

昼飯を食わなくなったので、以前ほど活用せぬやうになった この老舗食堂を、可能な限りは応援し続けたい、と改めて思った。

11月3日(日)福王寺でお祭りだ!:広島

「安芸の高野山」とも呼ばれる真言宗の古刹「福王寺」。

そこで年一回行われてゐるお祭り、の音楽部にソロで参加して来た。
初回はしーシュで参加したのだが、去年はツアーからの帰りの足でひとり参加。他の出演者のギターを借りて歌わせてもらった。
今年もしーなさんの出演は叶わず、また一人で参加。ギター担いで「ほぼ登山」の参道を歩く。

近隣の高校から参加した少年少女たちによる餅つきやら、ワシが知る限りの同イベントと比べても、なかなかの盛会となった。

ワシは午後イチの部で歌わせて頂いた。ぶっちゃけ一番お客さんが多い時間帯で、しかもワシだけ時間配分が多めに設定してあり、主催者の心意に応えるべく、精一杯歌った。

住職のお話によると、開基1200年。鎌倉時代の初期、天長5年(828年)に弘法大師(空海)により開基されたと伝えられる立派な伽藍をバックに、えせニック歌謡が山々に響き渡った。気持ち良かったが、ちょいと長すぎたかな、といふ気はする。長めの時間を頂いた、といふ事からツイ長めに演ってしまひ、反省。

自分の出番が終わっても、他の出演者を見たり聞いたり、餅つきを眺めたり、豚汁を頂いたりして、壱日を山で過ごした。
誘ってくれた仲間に感謝。

11月4日(月/祝)久保田涼子 生誕祭Birth :東京 吉祥寺ブルゥムーン

登山翌日、朝イチの出発で東京へ。

東京の「血の繋がらない従姉妹」こと久保田涼子の、彼女自らが企画するライヴパーテーに、しーシュで参加。今年5月にしーシュでもライヴを演らせてもらった、吉祥寺のオリエンタルなバァ「ブルゥムーン」にて、りょーこの友人コネクションを最大限に広げた盛大なパーテーが執り行われた。

ウェブクリエーター、企画者、歌うたい、と様々な側面を持つりょーこ。けふのワシらは、パーカッションの池田アースケ正博とともに、その「音楽部」を取り仕切り、入れ替わり登場する他の演者を支え盛り上げる係。ワシは何故かPAのオペも担当し、出演しながら卓をいぢる、といふ事を・・。

まぁ企画段階から想定されてはゐたが、いざ会が始まってみると、ホンマに「立錐の余地なし」のギューヅメ満員で、りょーこがこれまで東京で築いて来た人脈の確固さと、その親密さを再認識す。ワシはこの娘が16の頃から知ってゐるが、ホンマに立派になったなぁ、と感慨ひとしを。

りょーこのやうな「拓かれた」女性の友達、であるからして、けふの出演者も、まぁ推して然るべし、の人柄の女性ばかりで、接しやすい。素人ながら果敢にゴスペル・ソングに挑み、ワシらの音をバックに熱唱する様には心から拍手を送りたい。よきサポートができた事を祈る。けふの企画に参加できて光栄だった。

会が終わり、打ち上げが終わり、散会してからはりょーこのアパートで、彼女の親友にして消しゴムはんこアーティスト 津久井智子チャンも交えて、改めてりょーこの生誕を祝って乾杯。りょーこは下戸だが、智子ちゃんはよぅ飲む人らしく、しーシュと3人でぐだぐだと遅くまで飲みあった。

りょーこ や。誕生日おめでとう。

11月5日(火)しーシュ@中野ピグノウズ

昨日のりょーこの生誕祭に呼ばれた時点では、それのみで完結する遠征でも良いかな、とは思ったのだが、やはり東京まで来たからには、もぅ1〜2本はライヴを入れんとネー。
な訳で、此処ん処 東京で外せない、中野はピグノウズで一本ワンマンをお願いした。

ツアー中に、相方がグランドピヤノを弾ける確率はたいへん低く、しかしまぁしーなさんが「ピヤニスト」である以上は、なるべくそこを叶えてあげたいとは思ふ。リーダーとして・・・。
さういふ意味でも、このピグノウズのやうなお店は、たいへんありがたいのだ。

けふはゲストもサポートも入らぬ、純粋なしーシュふたりによるワンマン。潔く全曲オリジナルで構成して挑む。ぢつはしーなさんの身体の不調(ぢつに7月から始まった 色々な箇所の様々な『痛み』。このツアー中も整体や気功、鍼などの医療機関に頼った)は、まだ続いてゐて、ピヤノ演奏はまだしも、歌はたいへんツラいらしい。ので、必然的に歌の比重はワシにかかり、まぁそこが双方歌うデュオの強み。今までも、ワシの二日酔いやつまらん怪我や病気などの時、しーなさんに助けられてゐる。ここで助けられねばデュオの意味はない。

2時間たっぷりお届けしたライヴ。なかなか良いものとなったと思ふ。
ピグノウズのママ 瑞穂さんはヴィヲロン奏者。今回はコラボの時間を設けなんだが、次回はいっぱい絡みませう、と約束。
先にも云ったが、ツアー中にグランドピヤノが弾ける、といふお店を、我らは大切に開拓して行かねばならぬ。
その一歩として。

11月6日(水)しーシュ@東中野 ALT_SPEAKER

東京へ来て、まぁ二本演ったからには もぅ一本は・・・てなかんぢで、しかしなかなか正規ライヴを決めれず、さういふ事ならしーシュ初の試みとして、お店が開催してゐる「オープンマイク(飛び入りライヴ)」に参加してみる事にした。

昔、ソロで東京に来てゐた頃、新宿の店とかに何度か参加した事があるが、お客さんが入ってゐる場合には、意外な『収穫』に繋がるケースもある。んで、ありがたい事に、ネット上には『オープンマイクをやってゐるお店』といふスレッドがあったりして、膨大な資料を読む気でゐさえすれば、条件に合うものを見つける事ができる。

そして行き着いたのが、けふの会場 ALT_SPEAKER。
問い合わせた処、「本来水曜日は休みなのだが、さういふ事ならばお昼に開けるので演ってみますか?」といふ返事。誠意をありがたくお受けして、昼間の東中野に。

下調べで確認してゐたやうに、ここも立派なグランドピヤノが設置してあり、ホンマに自由に演りたいやうに演ってください、との事で、まぁ本来休日の昼間にてお客さんは少なかったが、2ステージ。しっかりとオリジナルを演らせて頂いた。

今回は飛び入りといふ形でのライヴだったが、ちゃんとした音響設備とグランドピヤノ、大きく窓をとった一階の明るいお店、といふ条件は、例えば朋友高満洋子を誘っての企画などには、おぉいに使える。店長もワシらの音楽を気に入ってくれ、今後もよきお付き合いをさせていただきたい、といふ事で、けふの試みはよかった、と・・。

11月7日(木)

しーなさんの仕事の都合に合わせて、早い時間に東京を辞す。

今回行き帰り羽田⇄広島空港の飛行機を使ったのだが、帰りの便には何故か楽器を持った搭乗者が多数おり、荷物間違われるんぢゃないか?とやや不安になる。実際は目立つ混乱はなく、すんなりとお昼の広島空港に帰ってこれた。

国内線の飛行機に関しては「乗り馴れた」感すらある。
ANAやJALを使う限り、預け荷物とする楽器に危機が及ぶこともない、といふのも分かって来た。この点、日本国内の航空会社勤務員のプロ意識には頭が下がる。
個人的には、タイトなスカートを身につけた女性職員が、楽器梱包のために目の前にしゃがみ込んで作業してくれる姿に

 

11月8日(金)

旅帰りすぐだがバイト男と化す。

この旅の間にしーなさんと協議した結果、此処数年恒例で企画してゐた しーシュの「忘年会(もしくはクリスマス)ライヴ」を、今年は開催しない事にした。けっこう多方面から『今年はやらんの?』の声を頂いてをり、意外にも人気の企画なのだな、と思って真摯に悩みはしたのだが・・・。

その代わりと云ってはナンだが、ワシ独りでクリスマスライヴをやる事にした。こないだ『年内の独弾はナシ』と宣言したが、こんな形で撤回。
なかなかシマらなんだ今年を振り返るやうに、最後ひとりでシメやうかと思ふ。
クリスマスなので なんか料理でも、と思ったが、JUGEMUママのルーシーさん曰く『シュウ君は歌以外なんもしなくて良い』とのことで、ルーシーさんの手による、ナニか気の利いた小料理が楽しめるハズです。