週変わりのシュウ
12月21日〜31日
老年期の終わり
12月21日(日)ーーーーー
ニョーボがヲーキングの大会に出てゐるのを応援&お迎えに隣街の呉市まで。
呉市に着いた時点で、ニョーボのゴールまで時間ありさうだったので、メイン会場に隣接してゐる「鉄のくじら館(海上自衛隊呉史料館)」を観覧。ホンモノの潜水艦の中をアミューズにしてゐる画期的な資料館で、なかなか興味深く見学できた。調理人としてはやはり潜水艦の中での食事が気になるところだったが、さういふ『壱週間のメニュー』みたいなんもちゃんと展示されてゐてオモロい。
しかしまぁ、考へれば考へるほど『潜水艦』ってエグい。
12月22日(月)ーーーーー
さて、今年最後のフンバリ週間が始まる。すなはち、今年のバイトとレッスン納めの週だ。
今週いっぱい、コンスタントにバイトとレッスンが入り、土曜日からの遠征までそれが続く。頑張るのだ。
すこし面白くない事件があり、気分的にはアガらぬままの月曜日。レッスンで生徒を楽しませることが、せめてもの発奮材料。
12月23日(火)ーーーーー
巨大モール内楽器店での、今年最後のレッスン。
他の講師はみな既に休みに入ってやがるようで、教室全体が静か。私も休みの生徒の方が多かったかな?。私が帰る頃(21時チョイ前)には、店員ももぅ閉店ムード満載で、他の部屋の掃除までしてゐる。まぁ、良いお年を、だね。
かういふ巨大なモールは、この時期とにかく「クリスマス感」「メリィ感」を出すものだが、今年はなんかちょっとそれが控えめな気がする。不景気だからだらうか?。代わりに、なんか荒んだかんぢの餓鬼ばかりが目立ち、ウザい。
12月24日(水)ーーーーー
例年、このクリスマス・イヴには、何某かの鶏料理を作るのだが、今年はニョーボの提案にて、インド料理屋のクリスマス・チキンをテークアウトした。一羽丸ごとの鶏がタンドリィでローストされてゐて、ハラの中にはビリヤニが詰まってゐる、といふ逸品。
オヴンで焼かれたチキンと違い、炭の熾るタンドリィで焼かれたそれは、余分な脂が落ち、たいへんあっさりと食べやすい。最初現ブツを目にした時は『これは半分は明日の朝飯やな』と思ったが、安ワインと共に食べ進めるうちに、付属のナンも含めて結局全部食べてしまった。
少しだけの勇気で、赦しを乞い、赦しあうのだ。メリィ・クリスマス。
12月25日(木)ーーーーー
あまねく世界的に相当数のファンを持ち、多世代にわたり絶大な支持は受けてゐても、残念ながら個人的にはその「良さ」が理解できない音楽、と云ふものがある。私にとって、ローリング・ストーンズとビーチ・ボーイズがその筆頭で、まぁストーンズは仕方ないにしても、せめてビーチボーイズの良さぐらいは、わからぬ私が未熟なのだ、と思ふ事にして、まぁ世界的な名盤と云はれてゐる『ペット・サウンズ』をこたび購入した。
ん〜〜〜〜〜・・。
どう聴いてもしかし、云はれてゐるほどの「名作」には思えぬ自分がゐて、詳細にこのアルバムについて語ってゐる書籍数冊と共に吟味してみるが、結局「ん〜〜〜〜」としか・・。
いや、もちろん「悪い」とは思はぬ。特に最近 創作(作曲)のスランプに悩む私にすれば、よくできたポップな楽曲群にはやはり「流石ブライアン兄貴」といふ印象は受ける。・・・がまぁ、それを「良い」と思へるかどーか、てとこはやはりあくまでも「主観」であって・・・。私にとってはビーチボーイズの音楽は、やはりど〜〜〜しても「軽く」思えてしまうのであった。ロックの歴史の中では同じやうなニッチにある、とされるビートルズの「アビィロード」の方が、私にはやはり刺さる。
ん〜〜〜〜・・・。
12月26日(金)ーーーーー
上述のやうに、クリエイティヴ面でのスランプ(曲が書けない)に悩んでゐる。
今年は個人の継続的なライヴに力を注いだ、といふ事もあってか、ぢっくりと創作に取り込んだ印象がなく、実際今年はこれといった新曲が書けてないのであった。「もしかして壱曲も書けてない?」と思ったものの、調べてみたら3〜4曲は書いてるやうではある。が、しかし、そのどれもがあんまりちゃんとした「形」にできてないのであった。
しかも、山陽小野田市の友人SSW「さくぞう」から依頼を受けてゐる作詞も、壱回ダメ出しをもらって以降、全然進めておらず、なにかを作り出せた気が、全くしない年末なのだった。
職業作曲家のやうに、たれかの依頼で締切を伴う創作を強いられる訳ではないのだが、個人的にも、しーシュのメイン・コンポーザーとしても、これではただの穀潰しの気がしてスランプに拍車をかける。げに、曲の作れないシュウは「タダのシュウ」なので、存在価値などない。
いけない。
12月27日(土)ーーーーー
今年最後の遠征。
明日、明後日とライヴはどちらも昼始まりなので、まぁ頑張れば早朝出発してその日ライヴ、といふのも出来ないではないが、老体にあまり無理させる(する)のも・・・、といふ事で『前入り』で京都へ。
友人宅に身を寄せ、おもてなしを受けながら、今年壱年あったアレコレを語り笑う貴重な時間。
12月28日(日)京都伏見オレンジハウスーーーー
約6年ぶりの推参となる、京都は伏見のカフェ「オレンジハウス」にて、しーシュ、オイワさんこと岩井雅実、西院ジムとの三つ巴ランチ・ショウ。6年前、といふとコロナの直前ぐらいだな。オーナーの西山さんご夫婦に出迎えられ、和やかに。
開場前からお客さんが詰め掛ける盛況で、スタート時には満席。良いかんぢに親近感ある中で、3つの出演者それぞれの熱演。特に西院ジムのシバッちこと柴田博美氏は、前回の我々とのここで『初めて人前でオリジナルを歌う』といふ事をやった人。6年後のけふ、同じ会場で堂々とギターを弾きながら歌う彼女の姿に、あれ?思はず滂沱たる涙が・・・。
二番手のオイワさんソロ。いつもはベース、フリュートを従えての「オイワカモリ」で馴染みだが、ギター壱本ソロで聴かせるけふはオイワぶし全開で、これがまた素晴らしいのだった。上述のやうに創作スランプに悩む私は、オイワさんの紡ぐ「シムプルだけど普遍的」なポップ感覚に打ちのめされる。ぬ〜〜〜!頑張らねば!!。
我々しーシュはリハ不足を補うためにも、珍しくバラードからスタートし、徐々にギアを上げてゆくスタイルで。これが功を奏し、良き流れに。しーシュはおろか、ソロの練習もほとんどしてなかったここ数週間だったが、喉は調子よく開き、歌い手としてはバッチシ。20年のデュオ・キャリアは伊達でなく、しーなさんともハモも完璧に決まった。
良きライヴ、良き夜だった。
また、同じやうなかんぢで、同じやうな人たちと、同じやうな時間を共に過ごせたら、と思ってやまない。
12月29日(月)大阪・野江 おとびば『忘年会』ーーーー
さて移動。
今年最後の「ギグ」は、やはり「お昼ライヴ」。
今年の9月以来、あまり間を空けずに再訪できた、大阪は野江「おとびば」での、地元音楽家たちの忘年会!。
野江は我々馴染みの場所であった「関目」の隣町。けふは関目時代のファンの方々もいっぱい来てくれたし、なんと云っても、けふの主催「すみれフォーク村」は、その関目時代のお客様でもあったコネクションなのだ。かういふ形で「凱旋」できるのはとても嬉しい。
9月の時は3バンド対バンだったが、けふは総勢7組出演の大イベント。もぅ対バンとしてもお馴染みとなった「オイワカモリ」や「ザンネンズ」も一緒で、他所の土地に来てゐる気があんまりしない。こんなアットホームなイベントに、馴染みとは云へよそ者の我らをトリに設定してくれた「すみれフォーク村」の皆さんに感謝。
この「おとびば」には、かなり状態の良いグランド・ピヤノが鎮座しており、けふのしーなさんはそれを弾き倒す弾き倒す!。電化したベースの音なんざかき消すやうな、ほとんどディストーションがかかったみたいなピヤノで会場を魅了した。私も昨日に引き続き喉が絶好調で、もぅこーなりゃベース弾きとかそんなん関係ないね。シカゴのピーター・セテラやベイビーズのジョン・ウェイトがあっさりとベース弾くの辞めてシンガーに転向した気持ちが、少しわかる気が少しだけした壱日だった(笑)。
3時間ほど打ち上げに参加して辞去。広島を目指す帰途に。それでも夕方前の新幹線に乗れ、あ〜昼ライヴってホンマにえぇな、と(笑)。日暮れを追いかけるやうに列車は走り、22時過ぎに広島へ着。今年最後の遠征が終わった。
12月30日(火)ーーーーー
今年最後の帰省をするニョーボと入れ替わりに、留守を守る広島の朝。
昼までかけて、ニョーボがあらかた済ませてくれてゐた大掃除のシメを。窓を拭き上げ、仕事机周りを整頓。モノが多くてイヤんなる。正月の間に作る料理の買い物も済ませ、あとはリラックス。
私はかうやって、年の瀬にかけてどんどん「やる事」を収束させてゆく傾向にあり、これが時折ヒトとの軋轢を生んでしまう。まぁたしかに、自分でも云ってるやうに年の瀬だの正月だのもたかが「暦上の節目」に過ぎん訳で、例えばいまこれを書いてる2025年12月30日に、『2026年1月5日』と云へばそれなりにアレだが、実際そはもぅたった『来週のこと』なのだ。キビキビした人からしたらイラつかれるのも仕方ないと思ふ。
分かっちゃゐるんですけどねェ・・・。
12月31日(水)ーーーーー
此処数年、大晦日には何某かの『年越し企画』を敢行してきたしーシュ。
今年はかねてより提案のあった「奉納演奏」でシメることに。その舞台は『安芸の高野山』こと真言宗御室派・福王寺。金亀寺、とも呼ばれる、我らには馴染みの・・・。
ただ、平素の日中でも中級程度の登山(トレッキング)を要する参道。おそらく真っ暗闇だらうし、私はさておきしーなさんが大丈夫かな?との思ひもあったが、本人も強く要望してゐたので、この企画を発案してくれた、色々センパイである川本シンヤさんに先導をお願いして、挑む。
恐れてゐたほど気温も低くなく、そしてやはり3人でゆっくり休みながら、の行程だったので、予想した以上に私は楽勝だったし、夜の登山を楽しめた。以前、東京の高尾山で夜登山を経験してゐるが、あん時はづっと毛穴が開きっぱなしの『ナニカ』を感じてゐたが、今回さういふのはなし。
無事に登頂を済ませ、日付が変わる手前ぐらいから本堂で奉納演奏をスタート。PAも鍵盤もなく、伴奏は私のギターのみ。目の前には護摩を炊く住職の背中。その後ろには巨大な不動明王像。大晦日の寺院で演奏したことは初めてではないが、かういふ形のパフォームは初めてだ。冷え冷えとした本堂にえせニック・ヴォイスが響き渡る。非常に得難い経験だった。
ちなみに演奏は一度も止めず、全てを即興で繋ぎながらところどころに歌を挟む、といふ形で。なにを歌っても場違いな気もするし、なにを歌っても大丈夫な気もするので(笑)、あまり深く考えずに演った。
演奏が終了して少しぐらいで日付が変わり、2026年が始まる。ツイデなので除夜の鐘も突かせてもらい、新年を寿ぐ。このやうな形で年を跨ぐ事ができて、導いてくれたシンヤさんと、受け入れてくれた住職には、感謝しかない。
といふ訳で2026年。いよいよ還暦を突き進む老いぼれ楽師。