週変わりのシュウ
1月25日〜31日
いくつもの夜を語り明かした
1月25日(日)ーーーーーー
安芸高田市は高宮にて、有志主宰による『とんど』が行われる、のにしーシュで招待されて出向く。
「とんど」をご存知か?。正月のしめ縄や書き初め、去年の破魔矢とかあぁいふものを巨大な焚き火にくべて無病息災を祈願す、といふ西日本独自の風習(左義長といふ名前で全国に似た風習は存在する)。
この焚き火がホンマに巨大で、青竹を組んで櫓みたいに積み上げたものに一気に火を放つのだ。竹の葉が油分を含んでよく燃え、節目が限界を超えると盛大に爆ぜる。バンバンと凄まじい音が町内に鳴り響くのだ。
これ、野球ができるぐらいの広さと消防署の許可が降りぬと無理なんださう。ながらくこの習慣が途絶えてゐた高宮に、これを復活させよう、と立案したのが、我らとも懇意の「高宮コネクション」の若者たち。アレでも、と思ってギターを用意して行ったが、とんどの凄まじさで出る幕なんぞなく、我らはすっかりただの「お客さん」として楽しんだ。
しかしけふに限ってまたよぅ冷え込んでおり、とんどが火を上げるまでは銀世界だった。ここに半日以上ゐたので、帰る頃にはすっかり身体が冷え切っており、寒さ凌ぎに、と飲んだ酒のせいもあってか、夕方に帰宅した時にはまったく使い物にならず・・・。
1月26日(月)ーーーーーー
ゆんべはとにかく「寝る」と宣言して布団に入り、そっから朝まで起きなんだらしい。飯も食わず、風呂にも入らず、着の身着のままで。女房が「大丈夫かいな?」と思ふほど(フツー私はそんなに寝ない)。
まぁ一晩さうやって寝入ったら、まぁ復活。昼からはちゃんとバイトにも行ってきた。
夜は「Setsu boon live」のリハに。
これは去年も2月アタマに演った女性Voをフィーチャーしたソウル系のイベント。去年の主要メンバーのひとりが抜け、今年はトニー・ハウズといふ私とも旧知の黒人シンガーが参加。本格的ヴォーカルの男性が入ったことでレパートリィも大幅にチェンヂ。
バックを支えるは去年と同じ、私とドラムスの石井聡至、鍵盤に若手のすみまいこ。まぁ問題ない。去年は本番でへふな〜を使ってややシクったので、今年はちゃんとフレットレスを使うことにして・・・。リハは2時間で終了したが、なんせ昨日のけふで、しかもバイト明けだったり、さらに云へば車検に出してるんで車がなく、バスで帰らねばならんので、別れの挨拶もそこそこに飛ぶやうに帰った。
1月27日(火)ーーーーーー
ニョーボの誕生日を祝う日とす。
此処数年、ヲーキングにハマってゐる彼女は、私と知り合ってからの十数年の中でいまが一番健やかなかんぢ。どうぞこのまま健やかであれ、と思ふ。最近私の方がやや元気がないので・・・。
1月28日(水)ーーーーーー
よぅやく曲が形になって来たやうなので、実際どんなかんぢになるか(私はこの時点ではまだ自分の頭ン中と譜面の中にしか曲が存在しないので)音にしてみるべ、と思って久々に倉庫楽団を立ち上げてみたらどうよ!?。外部音源がウンともスンとも云ひやがらん。どーやら倉庫楽団の方には異常はないやうで、インタフェイスがイカれたらしい。まぁ壊れるんは仕方ないとして、この瞬間に壊れるかね?。
せっかく形になりかけて音像が見えてゐたイメーヂが消えて行きさうだ。仕方ないのでギターで弾き語りしたのをフツーに録音しておく。
1月29日(木)ーーーーーー
バイトへ。
久しぶりに拍子抜けするぐらいヒマな日であった。
その後レッスンが3コマ。だがけふは上述のやうに車がないので、一旦帰宅して車で出直す事ができず、バイト終わりからレッスン始まりまでを街ブラして過ごす。遅い昼飯を食ったら静かめなコーヒーショップでうつらうつらしながら本を読み、夕方にスタヂヲ入りして、歌とギターの練習。
レッスンはヴォイトレがひとり、弾き語りがひとり、電気ギターがひとり。レッスン中に教室の裏手にあるラーメン屋でガス爆発が起こり、一時は騒然としてゐたが、特に被害はなく。
1月30日(金)しーシュ角打ちライヴ「流し」ーーーーー
去年から計画だけはあったしーシュの角打ちライヴ。
ぱんぱかトリオではもぅ何度かライヴを演らせてもらってゐる、向洋の老舗「佐々木酒店」の角打ち通常営業時間に特に何も告げずにライヴが始まったら?、といふ趣旨でまぁ初回を演ってみやうや、と。
我らも「機材」なんてものは持ち込まず、私のギターと、しーなさんは電池で駆動する鍵盤ひとつ。歌は二人ともナマ声。これで勝負だっ。
お店はホンマに「角打ち」なので、近所の企業から帰宅途中のお客さんが、どんどん入ってくる。「なに?今日なんかあるの?」と云はれながら、そんなお客さんを相手に、どれだけ音楽で惹きつけられるか?。昭和の音楽的英雄『流し』に思ひを馳せながら、精一杯熱演。
結果としては、思ひのほか好評をもって迎えられ、まぁ最後ら辺は呑みも進んでみんなぐぢゃぐぢゃではあったが(笑)、良い仕事ができたかな?とは思えるかんぢにはなった。店主・佐々木くんも喜んでくれた。ただまぁ、さほど狭くはないお店で、生声で3ステージ、となると流石に久々に声がカレカレとなった。
今後も機会を頂ければ、また挑戦したい企画である。お客さんの趣向もなんとなく掴めたので、次回はもぅ少し無理なく選曲もできるかも・・・。
1月31日(土)ーーーーーー
昨日は帰りの電車の乗り換えがうまくいかず、最後の3駅を歩いて帰った。
けふは車検に出してゐた愛車「ぐっち」が帰ってくる。19万kmも走ってる車だから当然ながら、今回はかなりの箇所に修理を要したらしく、フェンダーUSAの新機種か、ギブソンEB-3のオールドが壱本ヨユーで買えるくらいの金額かかかってしまった。
しかしまー、この金額で次の車が買えるか?となればそは「否」であり、さすればまだしばらくはこれに乗り続けるしかない。ので、これは妥当な修理費だと思ふ以外にはない。
2010年にやった、ある「大仕事」のギャラを、ぢつはいまの今までヘソクリとしてキープしてゐたのだ。『なにかあった時のために』と思ひ続けて16年。もぅ使ってよかろう、と判断して、これを全額注ぎ込んだ。
さらば我がいとしのヘソクリよ。