週変わりのシュウ

はらいそへの道

1月12日(土)しーシュ新春ツアー初日:大阪パーカホリック

新作「小鉢その4」を携えての初めてのツアーとなる今回は、なんと車での旅である。
ほっほー。

なんだかんだで増えてゐるしーシュの車旅。だがけふは出発前・・・機材の積み込みをしてゐる時、ちょいと軽く腰をイワしてしまった様子。ものすごく酷くはないがそこそこ痛くて、そもそも数日前から寝違いのやうなかんぢで頸もイワしてをり、満身創痍のベース弾き。それでもミッション車である「ぐっち」はしーなさんでは運転できぬので、まぁ頑張りますよ。

まづは大阪。このところほぼ月イチで来てゐる、心斎橋はパーカホリック。前も書いたのだが、ここは全国でも珍しい「アップライト・ピヤノが二台置いてある」ハコだ。
前回、なにわの歌姫 城領明子ちゃんとコラボした時に、その二台のピヤノを効果的に使って色々やってみて楽しかったので、けふはしーシュのみだがやはり色々やってみる事に。

ステージと反対側の壁に設置してあるピヤノと、ステージ上でのベース位置・・・つまりはお客さんを真ん中に挟んでの演奏といふ事になるが、まづはそれで1ステージ。ワシの位置からはお客さんとしーなさんの背中が見え、真ん中に火でも焚けばキャンプファイアの様相。お客さんは右見たり左見たり・・・テニスの観戦をしてゐるかのやうな(笑)。
これはなかなか楽しかった。

二部も、ワシがピヤノ弾いてのツインピヤノや、ベースのみの伴奏でしーなさんは客席で歌ったりや、ステージのピヤノ椅子に二人が座って生声で歌ったりや、と会場の特異性を生かした、たいへんオモロいライヴができた。
お客さんは決して多くはなかったのだが、3月に決まってゐるここパーホリのライヴでも色々と面白い事が出来さうで、今後の期待は膨らむ。

今年は始まったばかり。で、旅もまだ始まったばかり である。

1月13日(日)しーシュ新春ツアー二日目:刈谷サンダンス

ゆんべは関目の我らの家に宿を世話になった。
大阪車旅の場合、関目の低料金駐車場に停泊してから、電車で中心部へアクセスす、といふ方式をとるのだ。

店で寝て、朝 銭湯に行き、といふ関目パタンも踏襲して、みんなと飯を食ってから、刈谷へ向けて出発。
けふは富山からパーカッションのヤマダベンがやって来て合流する。けふから二日間は「トリオ・だ・しーシュ」となる。

さて、大阪から約3時間。ハンバーガーの名店サンダンスに到着。
この時期のこの店、と云へば数年前まで恒例だった「新春音もダチショウ」。「座長」富安秀行さんを中心に、全国から集まってくる旅音楽仲間と、まる壱日過ごすここでの時間がたいへん好ましかった。

けふはしーシュの企画で、といふ事で近隣から多くのお客さんが集まってくれ、そこに新しい仲間としてベンちゃんを紹介す、といふ流れとなった。ベンちゃんとしーシュは去年の夏以来。新曲もあり、まぁいちをう音源は聴いといてもらったけど、リハができる訳でもなく、本番はお好きに、といふかんぢで・・・。

したらま〜、やはりさすがのベンちゃん。けふ初めて合わせる曲も、もぅ何度かリハをして来たかのやうなイキの合わせ方。じぶこんのレコーディングの時にも確信したのだが、典型的な直感型の打楽器奏者であり、まるでインドのタブラ奏者の対応力にも匹敵するプレイに、一緒に演りながら舌を巻く。

そんなこんなで、いつものしーシュを聞き慣れたお客さんにも、新しいパタンを見てもらへて良かった。たいへん好評のうちに終了。今ツアーの「目玉商品」であるボヘミアン・ラプソディ完全版には、涙を流して喜んでくれる人も多数。ははは、演ってよかったねぇ〜。

といふ事で、初めてしーシュのみの企画として演れたサンダンス。
ここは日当たりが良く、おまけに肉を焼くために一日中火が焚いてあり、店内がとても暖かい。ので、ここでライヴを演った後は体調が良くなる事が多いのだ。
けふも身体の芯からあったまり、気分上々で引き上げる。ありがとうサンダンス。

1月14日(月/祝)しーシュ新春ツアー三日目:飛騨古川リトルビレッジjr

ゆんべはベンちゃんと一緒に名古屋まで来て泊まった。

当初の予定では、この名古屋に車を放置し、雪道に慣れたベンちゃんの車に3人乗って飛騨入りせん、としてゐたのだが、ど〜もここ数日の陽気では雪を警戒する必要がNASAさうと判断。なにせ去年の1月に上越の豪雪で死線を彷徨った3人。熟考に熟考を重ね、ここらでひとつ しーシュ初の試みではあるが、「ぐっち」での山越えを敢行せん!。

その予測と行動は正解で、東海北陸自動車道は積雪はあるものの 冬用タイヤで十分対応できるレベル。瀬戸内のワシらからすれば、充分に「よぅ積もってゐる」と見受けるが、この辺の人に云はせると「まるで春のやうだ」と。事故も渋滞もなく、約4時間で飛騨古川に着。

相変わらず思いっきり口の悪い(根は人情家)カツカツさんこと川端克彦氏に出迎えられ、ライヴの準備。

初めて飛騨古川に来たのは2012年の2月。Wetbackのサポートメンバーとしてやって来て、まぁエキストラ・ステージを演らせてもらひ、メンバー以外の知り合いが誰も居らぬ中、大宴会と化した打ち上げ会場の隅っこで、しーシュふたりし〜〜〜〜ずかに焼酎の蕎麦湯割りを飲んでゐたのを思ひ出す。

それから苦節7年!。
よーやくこの町にも「ウチらを見に来てくれる」お客さんが根付き始めた感がある。それどころかここのお客さんは、カヴァーを多めに演ると不評だったりする。オリジナルが聴きたい、と云ってくれる。ありがとう。ホンマにありがとう。

ベンちゃんの熱演にも後を押され、ウチもえぇかんぢの演奏。
カツカツさんからも『なかなかえぇぢゃないか(彼にしてはだいぶ褒めてゐる)』とのお言葉(笑)。

新潟からは朋友ゴスカルこと今野地塩が駆けつけてくれてをり、去年の大雪害のおり、彼のアドヴァイスに従って難を免れた事もあり、ベンちゃん『命の恩人と再会だ!』と喜んでゐる。ゴスカルとは打ち上げにも共に行き、楽しく和やかに過ごしたが飲みすぎたのはワシである。

1月15日(火)しーシュ新春ツアー四日目:飛騨古川三寺参り

凍りつくやうな宿で目覚めると、もぅ昼前だった。
ゆんべの酒がだいぶ残ってゐるが、けふはライヴ自体はなく、地元の人たちと地元の祭りに参加するのみなので、まぁ・・・。

和装に下駄履きで参加するのがここの祭りなのだが、あいにく朝から雨が降ってをり、ぬ〜・・こはどぅしたものか、と思ひ、日中は車を出して各所を回り『着物の下に履いてもオカシくない長靴』なんぞを買いに行ったりす。車旅の利点、ここにあり!てかんぢだなぁ・・・。

さて日が暮れる頃にはうまい具合に雨も上がり、町中に施された蝋燭に火が灯る。雨が降ってたぐらいなので気温は高めで、寒くてしょーがなかった去年と比べても、だいぶ楽に過ごせるのが嬉しい。地元の人らも『こんなに雪のない三寺参りは初めてだ』とか云ってゐた。

去年同様、地元の人らと一緒に札所を巡回し、馴染みの店には顔を出し(知り合いも増えた)、またひとつ古川に馴染めた気のする三寺参りの夜であった。みなさん、ありがとう。

1月16日(水)オフ

三寺明けて古川最後の朝。

けふは雪模様。昨日これなら風情があっただらうに、とも思ふが、それならそれで多分たいそう寒かったはずで、まぁそこはさういふアレで・・・。

けふもライヴはなし。名古屋に前入りしておけば良いだけの壱日。東海北陸道をまた引き返す。これも順調に進めた。
・・・が!、雪道を走る、といふは泥雪や凍結防止剤などの飛散で想像以上に汚れるもので、名古屋に入って来た頃の我が「ぐっち」様は、ちょっと哀れなくらい汚れてゐる。
こはさすがに・・・なのでフと思ひたち、これも人生初である「コイン洗車」を試みる。まぁ洗剤で洗ってやれるほどではなかったのだが、高圧洗浄機でしゃぁしゃぁ水を吹っかけると汚れがどんどん落ちてゆくのは気持ちよかった。

とある小説で、このコイン洗車場を使った死体遺棄を描いたもの(死体を車で丁寧に轢き潰し、その残骸を高圧洗浄機で洗い流す、といふ・・・)があり、アレを思ひ出した・・・。

その後も木曽川のたもとで車を止めて柔軟体操したり昼寝したり、思ひつく場所で思ひついた事ができる、といふ点でも、車旅といふはまことに便利なものであるなぁ、と改めて思ふのであった。

1月17日(木)しーシュ新春ツアー千秋楽:名古屋りとるびれっじ

さてツアーも千秋楽。
こたびは日数も長くはなく、またライヴ自体も詰まってはおらぬハズなのだが、内容が濃いせいかえらく長く旅をしてゐる気がする。まぁ自分らで運転してるから、てのもあるだらうが・・・。

おなじみ今池はりとるびれっじ。ここん処ここでは料理付きライヴばかり。けふもまぁ料理といふほどではないにせよ、かる〜〜〜いオツマミくらいは作るか、と・・。サンドヰッチ用のパンを使ったカナッペのやうなものを。

今ツアーはウチにしては大変珍しく、ほぼ毎日同じラインナップで臨んだ(大抵のツアーバンドは連日同じ演目で構成するが、ウチは出来るだけ毎日違った演目で挑む)。まぁちょっと今回さういふ気になった、てのもあり、それが自分ら的にどういふ効果を生むのか知りたかったのもある。

結果として、繰り返す事でザツになる部分と、洗練されてくる部分があり、思ったほど自分らでは飽きなかった、といふのも発見ではあった。目玉商品ボヘミアン・ラプソディも結果的には毎日やったのだが、確かに千秋楽の出来が一番よかったやうにも思ふ。

会場には、いつも名古屋でやれば来てくれるお客さんが集まってをり、自然と「今年もよろしくお願いします」と言葉が出る。
色々な事が変わりゆき、変わらぬものは一層その「変わらなさ」が輝く。
変わる事なく変わり続けるものこそが美しい。しーシュもさうありたい。さうあらねばならぬ、と強く思ふ。

どうもありがとう。
そして、これからもよろしくです。

1月18日(金)帰広

名古屋名物「あんかけパスタ」を食って、名古屋を出発。
広島へのながいながい行程だ。

車旅も増え、もぅだいぶ慣れた気もするのだが、やはり長い行程であることには違いない。特に、東の方面からこっちに来る人たちが必ず口にする『岡山までが割と早かったけど、そっから広島までが な〜がい長い!』といふアレだ。

長いのだ。
岡山〜広島、と云へど、「広島市」は広島県の中ではだいぶ西側にある。で、割と密に街が連なる関西から岡山までで「楽勝」と思ふ人も多いが、岡山県の割と中心にある岡山市から、広島県のだいぶ西にある広島市までは、ぢつは大阪〜岡山間と同じくらいの距離なのだ。わかったか。

そんなかんぢでなかなか近づかぬ広島を目指して、ただただひた走った壱日。
朝の11時に名古屋を出て、(まぁ途中で寝たりしたけど)我が家に帰り着いたのは19時過ぎだった。
出発前にイワした首と腰は、旅のあいだ日々痛む場所を変えながら継続し、良くも悪くもならず、広島まで持ち帰った。
しーなさんは大幅に体調を崩し、帰りの車の中ではづっと口内炎の痛みに苛まれてゐた。

車旅の可能性が、また広がった旅でもあった。
4月にはこれまた記録更新となる、焼津までの車旅も待ってゐる。
腰をイワしてゐる場合ではないのだ。