週変わりのシュウ

積乱雲の下で

8月1日(木)

ものすごい暑さである。
インドにゐた時より暑い。

インドは6月が日本における「真夏」であり、ちょーどこの時期に旅したワシらは、よく云はれてゐたインドの夏の猛暑を実際に体験し、慄いたものだった。日中の気温は35℃をゆうに超え、太陽光の過酷さは当然として、風そのものが熱風だった。『かういふ国は日陰は涼しいのだらう?』と訊く人もおったが、まぁそげな生易しいものではなく、木陰だらうが物陰だらうが、容赦なく迫り来る熱波による、もぅ「灼熱地獄」といふ言葉がピッタリな熱風大陸であった。
『熱中症』なんて言葉はまだほとんど聞かれない時代で、まぁよく無事で帰ってきたよな、と今となっては思ふ。

あの時のインドぐらい、今の日本は暑い。
湿気が多いだけに、この暑さは身体にコタえる。

8月2日(金)Honey'sと往く長門 向津具の旅

毎年恒例、長門市は向津具半島の「パタ屋」を訪ね、ライヴするツアー。

一昨年からこのツアーに友達バンドのHoney’sが加わり、当初は彼らを迎えるために前日の夜 会場入りをしてゐたワシらだったが、その「前入り」にも参加する人が増えはじめ、ならばいっそ、と二泊三日の行楽を兼ねたツアーとなった。のの2回目。

まぁ前入りして遊んでばかりではあまりにアレなので、軽くリハとかしたりはす。さう云へば、いつぞやのパタ屋への前入りで演ったリハで「わたしはモナカ」を完成させたんだった。あれ 良かったなぁ・・・。

ワシらがパタ屋に着いた時、ちょーどオーナーのヒナ兄こと島田日直男さんと、Iターンでこの地にやって来た、といふ鍼灸師 中出雅紀さんが談笑中であり、しーなさんがヘルペス痛の真っ最中だと云ふと、「ちょっと診ませうか?」と。
んで、ちょいちょい、とたちどころに、あれほど彼女を苛んで来た痛みを取り除いてしまった。すごい技!。久しぶりにしーなさんの笑った顔を見た、といふかんぢだった。

すげ〜〜〜!
ささないはり 鍼灸みやび

 

8月3日(土)Honey'sと往く長門 向津具の旅:本番

ゆんべは遅くまで飲んで食って騒いでゐたが、けふはライヴ。
行楽を兼ねてゐるとは云へ、ここの地域の人たちに聴いてもらふ訳だから、マズいステージをやってしまってはアウトだ。

・・が!
ここに来て、しーなさんの使ふ電子ピヤノの電源アダプタを忘れて来たことが発覚。周辺機器をまとめて入れておいたケースに入ってゐるもの、と思ひ込んでしまってゐた。誤算!。ど〜するか?。

・・・が、パタ屋には、ぢつはアップライトのピヤノが置いてあり、まぁ誰かが使ってるところを見たことはないのだが、弾いてみると調律もそれほど狂っておらず、トラブルのある鍵盤もない。これ使おう、といふことで、急遽けふは「生ピヤノ・しーシュ」となる。度々書いてゐるが、ピヤノ弾きであるしーなさんには、「良い電子ピヤノ」より、「ボロでも生ピヤノ」の方が嬉しいのだ。「むしろストレスなく弾ける」とのこと。

逆にナンで今まで使わんかった?みたいなかんぢで、まさに「怪我の功名」。中出先生による施術のおかげでヘルペスの痛みも消え、けふはえぇかんぢでのびのびとピヤノを弾くしーなさん。
逆にワシの方に、ここのところ不調だった喉の悪さが一気に出て、なんか歌うとすぐ咳き込むかんぢになり、まーぁなんともシマらぬパフォーマンスをしてしまった。申し訳ない。

けふはこの地域、他のイベントも多数あったやうで「集客キビしいかも」とヒナ兄は云ってたが、それでも結構たくさんの人が見に来てくれて、嬉しかった。みなさん、ありがとう。

けふの特徴としては、ライヴ後の打ち上げに、ぜひお客さんも参加して、我らの料理を食べませんか?といふ企画にしたこと。「打ち上げ付きプラン」だな。多くのお客さんが残り、素人料理に数々を楽しんでくれた。Honey’sのメンバーみな料理自慢であり、厨房の様子を見て『あぁ今回はワシの出る幕ないね』と解釈。ひたすらお客さんと話しす。

2002年の5月に初めて長門を訪れた記録がある。17年前か・・・。ヒナ兄は勿論、毎度PAをやってくれる地元のミュージシャン やっちゃんとその奥さんジュンちゃん、も当時からの付き合いとなる。ここの娘が18になる、と云ふから、あの頃は生まれたばっかりだった、て事か・・。お互い歳食ったねぇ、と笑う。

酒飲み集団Honey’sの宴会は止まる気配なく、2時近くなった頃にワシが「閉会宣言」してよぅやく終了。しかし、各自の部屋に戻った彼らはさらに宴会を続けてゐた様子。

8月4日(日)しーシュ急遽参戦 宇部Big Hip MILD PUNCH

昨日あんだけ飲んだハズなのに、ワシが起きてロビーに行くと、もぅほとんどみんな朝食を済ませてゐる!。なんなんだ?この人たちは?(笑)。

けふは引き揚げ。
今回は割と各自バラバラにここまで来てをり、ワシらは宇部で一仕事、なので、潔くここで散会とす。一本締めで終了。お疲れ様でした。観光したい人は観光して帰ってね、と。

ワシらは宇部へ向かう。
この途中で『電子ピヤノの電源アダプタがないのだ』といふ事を思ひ出す。ゆんべはパタ屋にピヤノがあったので事なきを得たが、けふの会場BigHipにはピヤノはない、のだ。どーすっべ?。
しーなさんは「途中で買う」と云って、各地の楽器店に電話しまくったのだが、これがどこにも「置いてない」といふ返事。てゆーかほとんどの店が電話に出さえもせぬ(休んでゐる)。山口県の楽器店事情の現実を知り、ショックを受けるしーなさん。

まぁ全編ベースだけで出来んことはないけどネー、とか云ひながら、まぁ昼飯のために峠のうどん屋に立ち寄ってゐたところ、奇遇にもHoney’sのササヤンてっちゃんもやって来て、『ササヤンにギターを借りたら?』といふ話となる。事情を説明するとササヤン快諾してくれ、これでギターとベース二刀流で行ける!と安心。ササヤンに感謝。

けふのイベントはHyper Dunkの小田よぅねんが急遽誘ってくれたもの。急な参加だったにも関わらず、他の出演者のみなさん快く時間を譲ってくれ、またお客さんも駆けつけてくれ、ピヤノレス・しーシュといふレアなものを、またえぇかんぢでお見せできて、良かったのではないか、と。

みんな、ありがとう。

特にリハもせなんだのだが、ワシらの出来もまづまづ。むしろしっかり歌を聞かせることができて、その点では上出来のライヴだった。これもアリだね、と云ひ合う。

けふはその後が大変で、仕事の都合上、宇部で一泊することが出来ず、そのまま広島を目指す事に・・。まぁ今までにも何度かあるし、ワシが酒を飲まにゃ良いだけの話なので・・・・・、とは云へまぁ楽ではない。途中ガソリンがヤバめになったり、何度か眠気が来たりしたが、まぁ3時間くらいで広島に着。

ぐぬ〜〜〜〜〜、流石にくたびれたな。

8月5日(月)

フラフラする。
まぁくたびれた上に寝不足なので仕方ないか・・・。

けふも朝から激しく暑い。
暑い時は暑い事をやる。歩いてササヤンに昨日借りたギターを返しに行く。猛暑を甘く見ても居らぬし、自分を過信してゐる訳でもない。ただ、かういふ酔狂なことが好きなのだ。

ササヤン、最近ウチの隣駅ぐらいのところに越して来たさう。電話で場所を聞きながら探し当て、再会。
このギター。ステージでスティール弦のギターを弾いたのは久しぶりだったが、やたらと評判が良かった。めちゃ音が良かった、と多くの人が云ってくれた。それを伝えるとササヤン嬉しさう。また来年も長門 行きたいね、などと云ひつつ、また歩いて帰る。

帰りにスーパーに寄り、夏野菜各種と牛肉を買う。牛肉って夏バテにいいさうだよ。

8月6日(火)

「原爆の日」である。

ここ数年は8時15分に合わせて平和公園まで出向き、個人的に黙祷を捧げてゐる。けふもそのつもりでチャリで家を出たのだが、なんか台風接近中らしく雨が降り始め、途中で断念(チャリで30分くらいかかる)して引き返す。仕方なく家にゐて黙祷。

政権があのかんぢだから、今年はとみにデモ隊がうるさかっただらうな、と思ってゐたが、まさにその通りだったやうで、今年は黙祷の時間になってもアジが止まらなんださうな。

政権打倒のイデオロギーを持つのは構わんが、ここをこの日をダシに使うな、と。田原総一郎並みに『アナタ、関係ない!』と云ってやりたい。

8月7日(水)

これから先、もっと歳をとった時、人のいない場所(田舎)で暮らすか、人の多いところ(都会)で暮らすか、は結構大きなポイントとなると思ふ。

田舎暮らしはストレスは少なからうが、不便だらう。
都会暮らしは便利ではあるが、なにかとストレスは溜まるであらう。

最近、田舎暮らしや農業に憧れて実践する若者も多いと聞くが、彼らとて現代社会のテーゼと切り離される訳ではなく、「電気を使わぬ暮らし」を推奨する者ですら、情報はネットで取得、拡散するのだ。

ワシがもしも田舎暮らしをするのであらば、世俗とは一切切り離された暮らしがしたい、と思ふ。全ての情報を遮断し、ただ、持ってゐる本と音源と、自分が生み出す音楽だけで暮らす日々。それで死んで行けるなら、それはそれで素晴らしいと思ふ。

8月8日(木)

この頃眠りが浅くてイカン。

早くに眠くなるのだが、1時くらいに目が覚め、そっから寝れぬ、といふ日が続いてゐる。さっきまで実際にやってゐたことが夢に出て来たり、夢と現実の区別がつかぬ。

夢の中でのワシは、づっと誰かに謝ってゐる気がする。

 

8月9日(金)

イキナリ ひとに疑われるのは気分がよろしくない。

誰がやったのか?と問われても、その時間にはワシしかおらんのだから、単にそはワシがやった、と云ひたいのか?。

・・・が、問題は「ワシはやってない」といふ確証が自分でも持てぬことだ。もしかしたら無意識にやってしまったのかもしれん、といふ気はす。

ワシはこの「無意識下の言動」があまりに突飛で、よく指摘されることがある。

あまり関係ないかも知れんが、こないだ宇部で演ったライヴの途中、モニタから帰ってくる自分のベースが聞こえず、ループを何度も何度もやり直した。最初に入れたやつを消し、次を入れながら重ねて行き、それもまた消し、また作りながら、所々止めながら・・・をづーっとやっておった。

その間歌も歌いっぱなしで、自分が歌ってゐる、といふ感覚すらなかった。歌い慣れた歌(Dance)だった事もあるだらうが、歌詞も間違えなんだし、即興で拡張までしてゐた。

もしかしたら、無意識下の言動で、多くの人を傷つけたり悲しませたり、怒らせたりしてゐるのかも知れん、と思ふ。