週変わりのシュウ

人の気も知らないで

10月1日(金)ーーーーーーーーーー

オフクロが世話になってゐた、サーヴィス付き高齢者住宅=いわゆるサ高住を退去する流れになり、その引越しを姉貴(64)と私(55)、といふ准高齢者がすることに。デカい物は処分することにしたらしいのだが、家具調のTV台などあって、このテのものは特殊な形ゆえに、運びにくく、積みにくく往生する。

日頃、バイトやらで身体を動かしてゐる55歳の私はまだしも、還暦過ぎて日々ほとんど動かぬ暮らしの姉貴はさぞやキツかった事だらう。お疲れさん。

将来この家(40年前に親父が建て、姉貴が引き継いだ廿日市の実家)をどのやうにするか、とか、割と重い話もす。『あんたが住みゃいい』と云ふが、このモノに対して 一銭も出してない私にそんな資格はあるまい。

10月2日(土)ーーーーーーーーーー

しーシュのリハ。

しーなさんは昨日2回目のワクチン接種を受けたらしく、割としんどさう。1回目の接種時は驚くほど変化がなかったから、との事だったが、やはり2回目の副反応はキツさうだ。私は明日2回目の接種を予定してゐて、準備は万端、のつもりではゐる。

ので、リハも軽めに済ませ、お大事にね、と。まぁ病気になったわけではないのだから、お大事に、てのも変な話だが・・・。

10月3日(日)ーーーーーーーーーー

そのワクチン2回目。

前回の接種を教訓に、まづは接種会場上階のデカい書店で暇つぶし。気づけば2冊も買ってしまってゐて、ありゃ。

前回、受付〜接種までの待ち時間がなかなかだったので、その間読むべ、と思ってゐたのだが、なんやしらんえらいことスム〜スに流れ、あっと云ふ間に放免、となった。

わざわざ市内中心部に出て来てすぐ帰る、では勿体無い気もするが、まぁコトがコトなので、ぐっと堪えて帰る。素晴らしい秋晴れで、ホンマに惜しい気はする。

家に帰っても外があまりにも良い天気なので、なんか落ち着かん。1回目より体調の変化もないし、なんか拍子抜けしたかんぢすらして来た。

10月4日(月)ーーーーーーーーーー

夜半、珍しい寒気で目が覚める。「あ、これはクるな」と思ひ、毛布を被って寝直すが寒気は収まらず、夜が明けて来る頃には寒気が「熱気」に変わった。はっきりした発熱の兆候。わかりやすい副反応だ。

38℃ぐらい出てるに違いない、と思って測ってみるが、37.5℃。
ありゃ、さほどでもないのか?。しかし結局この日まる壱日、37.5℃からまったく下がらず熱に浮かされる事となった。力なく寝込み、映画を見る壱日。
まぁ、けふはそのやうに予定してゐたので・・・。

10月5日(火)ーーーーーーーーーー

熱下がる。

見事に24時間の発熱だったな。接種部位の痛みもなく、頭痛もない。ヤマを超えたか?。前回、ここで調子に乗って筋トレなんぞして熱が上がってしまったので、けふは慎重に過ごす。だが、昨日丸一日寝込んで腰が痛くなってゐたので、ストレッチと軽い散歩だけはした。

夜にはすっきり。食欲も出て、パスタを大いに食べ、チョいとだけ酒も飲む。

よ〜し、これで私もフル◎ン、といふ事になる。一ヶ月後くらいに抗体検査を受け、まぁ以後も気を付けはするけど、あちこち行くぞ。

しかしこの日、11月に予定してゐた関東行が、よんどころない事情で決行困難となり、やむなくキャンセル、といふ事態に・・。嗚呼。

10月6日(水)ーーーーーーーーーー

ワクチン成就のリハビリはバイトだっ。

これがまたけふはとてつもなく忙しく、ま〜ぁうごいた動いた。リハビリ、なんぞと云ふてられぬほど、厨房を走り回った。あ〜疲れた。
だが、レッスンもリハもなかった(本来はライヴのはずだったのだ)、ので、バイト後はそのまま帰宅。妻のリクエストで巨大な肉を焼いて喰ふ。

デカい肉の塊は焼くのが難しいのだが、うまく焼けて好評。今のバイトを始めて、明らかに調理の腕も上がってゐる。仕事はマニュアルに乗っかれば誰でもできるが、やはりスキルそのものが上がったやうに思ふ。

10月7日(木)ーーーーーーーーーー

オルカ団:右端がスエさん

レッスンに入ってゐるスタヂヲで、かつて私が率いてゐたプログレッシヴ・ポップ・バンド「オルカ団」の創設メンバーであるスエさん(Dr・本名非公開/カタギなので)に会った。ぢつに数十年ぶりの再会ではないか?。

たしかウチの姉貴と同い年だったハズで、彼ももぅ64歳。バンド内で唯一のカタギ(公務員)だったが、当時 私の書く難曲によく付き合ってくれてゐたものよ、と思ふ。一時期は私とドラマー、と云へば彼だった。ベース&ドラムスのデュオ「SHU&SUE」も演った事がある。

いつぞやから和楽器に傾倒しはじめ、自ら和太鼓の集団を立ち上げるためにバンドを抜けたのだが、その集団もコロナ禍で解体してしまい、しかし「年金暮らしで呑気なもんよ」と笑う。元気さうでよかった。オルカ団メンバーのその後なども語り、昔話なんぞを久々にした。二人で飲み歩いてウチに泊まったこともある。何もかもが懐かしい。これからも健やかで。

10月8日(金)ーーーーーーーーーー

明日から二日間 執り行われる、世界遺産宮島での大掛かりなフェス「厳島フェスティバル」にしーシュで出演できるのはエェんだが、なんや運営がいまいちハッキリせんで、全体が茫洋としてゐる。我らの出演は初日(明日)なのだが、なんとリハが当日の朝8時から、と指定されてゐて、それに間に合うやうにするには、本土を少なくとも7時には出ねばならず、早起きの我らにしてもなかなかしんどいぞ、と。

で、まぁ前入りして、あわよくばけふの空き時間にでもピュっとリハが食い込めれば、明日のんびりできるがのぅ、と淡い期待を抱きつつ前入りす。

行ってみると、出るはずの人が出なんだり、出ないはずの晩飯が出たりと、まぁ色々あって、我らの「リハ案」もあっさり却下され、まぁ仕方ないので、同じく前入りしてゐる他のバンドの人たち(彼らはリハの為に前入りしてゐる)と宴会。

しーシュのニッチらしいと云へばらしく、他の出演者のほとんどと顔見知り。しばらく会えてなかった人たちと楽しく飲むのはいい。

10月9日(土)厳島フェスティバルーーーーーーーーーー

予定通り8時からリハ。こんなに朝早くから声出ませんよ。
まぁ、昨日遅くまで飲んで騒いでゐた他バンドの眠りを突き破る勢いで歌い上げたった。出演時間は17時半。今から半日の空き。

これは主催者も誤算だったであらうが、10月にしては異常に暑いのには参った。またよりによってピーカンのばかっ晴れで、会場に日陰はなく、しかも地面は宮島名物鹿のフンだらけ。こりゃあ出演者はまだしも、お客さんに相当な忍耐を強いるイベントになりさうだな、と懸念。とりあへず来場予定の知り合いにはその旨伝え、日傘を持ってこいとか敷物を持ってこいとか云へる。

しーシュのステージはちょうど日没の頃で、風も涼しく、演りながらだんだん暗くなって行くかんぢ。一昨年の安芸吉田「湖畔のコンサート」に出た時もさうだったが、この時間帯は良い。このイベントに合わせて特別編成にしたり、ゲストを加えたりするバンドが多い中、ウチらはまっっったくいつもと変わらず、ふたりだけで淡々とお送りした。ペンライト振って楽しんでくれるお客さんもゐて、嬉しかった。

驚くほど巨大なステージで、しーなさんとの距離だけで5m以上離れてゐる。ディスタンス、やね。

帰りの船(旅客フェリー)の時間の関係で、失礼ながら我らは出番が終わったら会場を辞去。夜を流れてゆく船で潮風を浴びながら、久々のデカいステージと、壱日(二日)拘束、暑さや他の色々に、これも久々の心地よい疲労感。

みんなお疲れ様。
健やかに。
またお会いしませう。