週変わりのシュウ

今はまだ人生を語らず

12月27日(月)ーーーーーーーーーー

しはすはすすみまくる。

けふは今年最後のバイト、と今年最後のレッスンが同立する日。去年まではせいぜい25日が年最後のバイト勤務日であり、けふはまぁ年末だし・・とタカを括ってゐたところ、これがまぁこないだのクリスマス・イヴを余裕で上回る激忙の半日であった。

昼の2時間で8万円超の売り上げ、といふのがまぁどの程度のことかお分り頂けんと思ふが、商品額がだぃたい¥700〜¥1000として、席数はざっと50。これが2時間で8万円ぶん回転する仕事をたった3人でオペレーションするのである。どうだ!?スゴいだらう?。

ここであまりに疲れたせいか、今年最後のレッスンにベースを忘れていってしまう、といふ珍事が起こった。ヘロヘロになって行き着いたスタヂヲで、車のハッチバックを開けると、なんも入ってない、といふ、ね・・。

12月28日(火)ーーーーーーーーーー

予言した通り12月の2週目以降の日々ラッシュは、なかなかのものであった。

ので、明日からの遠征が、今年最後の唯一の息抜きになる、とも云へるかんぢ。けふはもぅそのやうに過ごし、疲れをとるだけに専念す、といふ日とした。

あとになって思っても、ベースも弾かず本も読まず、運動もせぬ、ただただ移動しただけの1日であった。

12月29日(水)関目 我らの家ーーーーーーーーーー

コロナの影響で 去年は中止にせざるを得なんだ、年末恒例の遠征に 今年は来れた喜び。ありがたいなぁ、ホンマに・・。

けふはあえて「ライヴ」と銘打たず「忘年会」として、まぁぢつはちゃんとライヴなのだが、そのやうなユルいかんぢで進めてみることに。お店の方も、いつものやうなオーダーシステムを取らず、もぅなん品かで構成された「プレート」を定額で提供する、といふスタイルで。

このスタイルで良かったのは、いつも調理と給仕にてんてこ舞いで、我らの演奏をぢっくり聴く余裕のない、店主ゴンスケとミヨさんに、けふはしっかりと聴き手に回ってもらえた事。これは嬉しかった。
ライヴの内容も、いつになくユルい構成で、ソロもあり、シャンソニエあり、私がピヤノを弾く局面まであり、のまさに「忘年会」プログラム。人数制限ありとは云へ満場のお客さんからも絶賛、のユるユるしーシュ、今年の締めにふさはしいユルい、良いステージだった。

演目はメモをなくしたので失念。

混乱の中、今年も本当にお世話になりました関目。また元気なみなさんにお会いできますやう。そのためなら我らはなんでもするよ。

12月30日(木)京都 モダンタイムスーーーーーーーーーー

大阪、に引き続くこの京都、も去年は中止にならざるを得なんだ恒例行事。今年はまたここにも帰って来れて嬉しい。

闘病の末に亡くなられた、中心人物だった中野 督夫さんの意思を引き継ぎ「種の歌」として再出発。その第一回としてのけふに、またしーシュで参加できるのも誉である。そして、しばらく会えなかった、ここでしか会えない旅の楽師仲間との久々の再会が、また我らを強く勇気づけるのである。

我らはここに!。その思ひを強く感じた1日であった。

残念ながら、思ひがけない機材トラブルで『満点!』といふパフォーマンスはできなかったのだが、まぁそれもまたライヴ。ウチを見慣れてゐるお客さんからすれば、『よくあれをリカバーできたね』といふ逆のおトク感もあったやうで、まぁ皮肉な評価ではあるが、そこは真摯に受け止めたい。

何よりも『来年もまた!』といふ強い心を皆が持ち、それぞれの地に帰って行ったあの時間が、けふここに来れた最高の収穫であったのだ。

うん。またここに。

12月31日(金)帰広〜いく年くる年ーーーーーーーーーー

ゆんべはこれまた恒例、中村コーイチ&あらいなおこ宅に、出演者の多くが集まり、忘年会。そのまま雑魚寝宿泊を経て、一夜明けた京都の大晦日の朝は雪だった。

宿泊した仲間たちはホンマにみなてんでの行動で、朝から散策や買い物に出るもの、食事に行くもの、そして我らのやうに帰るもの・・・。フと私がなんとなく思ふ、やがて切実に必要となる『引退した楽師たちのシェアハウス』を想像し、こんな人たちとならそれができさうだ、と思ふのであった。

我らは、広島へ。

雪によるダイヤの乱れを懸念したが、さほどではなく、定刻通りに広島に帰って来れた。私は家で女房と年越し蕎麦を食し、また出発。去年もやったウェブ上での年越し番組「しーシュのいく年くる年」。

視聴率は去年ほどではなかったやうだが、それでも沖縄から北海道まで、馴染みのお客さんが色々な場所で配信を見てくれ、我らも2回目だけにリラックスして放送を進めることができた。

これにて、2021年度のしーシュ事業はすべて終了。また一年間を共に走り続けてくれた相方 椎名まさ子に大感謝。来年こそまた旅が巻き返せることを強く願いながら、年始の挨拶を交わし、夜中の帰途についたのであった。

去年はこの時点で大雪が降っており、あやうく遭難しかけたが、けふは帰りの道で神社に寄って軽く初詣をする余裕もあった。

今年こそ、全てがあるべきところで輝ける年であるやうに。